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□陽の当たる場所4
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潮江を殴った手が、少し痛いな。
そう思いながらも七松の髪を梳く手は止めない。
七松は、擦り過ぎで赤くなった眼をまた擦っている。
安堵からか、自分が情けないという思いからか、ぼろぼろと溢れる涙。
俺はいつものように何も言わない。
唯、隣で髪を触るだけでそれでも俺は幸せだ。
…仙蔵には、酷いことをした。
今の俺の幸せは、仙蔵の悲しみの上に成り立っているのだ。
いつの頃からか仙蔵の、俺に対する想いを知った。はっきり言われた訳ではないが、
人の心に敏感らしい俺は、潮江が伊作を、伊作が潮江を想うのと同じものを仙蔵から感じたのだ。
正直、俺にとってその想いは邪魔だった。
ただでさえ鈍い七松のことだ、仙蔵を傍置いいておいたら勘違いするかもしれない。
だから今回、仙蔵を傷つけた。
わざと七松を大切に、優しくする所を見せ付けた。
お前には興味が無いのだというように。
予想通り、鋭い仙蔵はその意図を酌んで離れていった。
庭では、鉢屋が俺を睨んでいた。七松の傍に行くことを嫉んだのか、仙蔵への仕打ちを怒っていたのか。
…いつの間にか俺は、人の心が解かると言うのに、傷つけることに躊躇いのない都合のいい人間になっていた。
それでも構わない。周りの目よりも、七松が大切だから。
色恋沙汰は早いと、周りに他人を寄せ付けないようにいた。
今回の反応を見る限り、やはりまだ早いらしい。
さすがに衆道に関しての知識はあるが、
本当に聞いた知識だけで、現実として捉えてはいない。
多分潮江と伊作のことも、仲がいい、の延長くらいの認識なのだろう。
それでも6年ということを考えると、時間がない。
卒業したら今後一生会えないかも知れないのだから。
先走って嫌われるのは不本意だが、言い出さないと進まない。
口を開く。
「………。」
言いかけて、
やめた。
どうせ嫌われるのなら、すぐに離れられる卒業の日にしようと思い直したからだ。
今、告白して、
例えば嫌われて、
一緒の学園、一緒の教室、一緒の部屋で過ごす。
それは無理だと。
何より、自分にそんな根性は無いのだ。
嫌われるかもしれないという恐怖の中告白する根性なんて。
隣にいるだけで幸せなはずなのに、もやもやと憂鬱な思考に囚われる。

午後の緩い陽があたる場所。
いくつもの思考が絡み合い
心を冷やしていく―――。
こんな気持ち…何処か遠くに飛ばせたら…どんなに楽になるだろうか…――。
 

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