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□年始
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「寒い、寒いよ!」
波と戯れながら小平太が叫ぶ。
「うん、まだ日の出まで時間あるしね。仙蔵大丈夫?」
一歩引いたところで時計を確認する伊作。
「……。」
夜明け前の海岸は本当に寒い。身を裂くような寒さとはこのことなんだろうな。
鼻をかむため出した手は一瞬にして氷のように冷たくなる。ただでさえ冷え症に悩まされている私に初日の出は冒険過ぎた。
「いさっくん、仙ちゃん大丈夫じゃないって!」
「そりゃ困ったねー。コート貸してあげれば?ぼくはムリだけど」
「それ私が死んじゃうよ…」
大体誘ってきたのが小平太でなけりゃ初詣も初日の出も「誰がお前と行くか」と一蹴出来たのに。ここまできたら小平太に甘い自分を呪うしかない。
「あとどのくらいだ?」
「1時間くらいかな」
「いち…」
足は冷たくなり、痺れてきている。これ以上居たらどうなってしまうのか。
「長いねー」
小平太は波のギリギリを犬のように走りまわる。
「そだ!仙ちゃんも走ろうよ!」
「うっ」
「走ってみたらー?仙ちゃーん」
ニヤニヤ笑う伊作の手を小平太が引く。
「いさっくんもだよ」
「うッ」
伊作も小平太に弱い。というより押しの強いヤツに弱いんだろうな。日本人てのは得てしてそういうもんである。
「向こうで焚き火やってるから、暖まりに行こ」
「なんで焚き火してるの知ってるのにいつまでもこんな寒いところに居たんだ…」
「寒くなって来たんじゃないの」
「そうそう、寒くなったからね。だから走ろう!」
人のことは一切考えないものすごく自分勝手な意見だが、小平太らしいとため息ひとつで許してしまう。出来の悪い弟のようだ。
「よーい、どん!」
伊作は砂に足を取られつつ、緩く走りだす。私も一応歩き始めた。
「仙ちゃんも走らなきゃダメだよ!ほら、いけいけどんど―ん!」
「うわっ」
後ろから走ってきた小平太に突き飛ばされ、湿った砂に膝を付く。なんとか手をつくことが出来たが、もう少しポケットから手を出すのが遅かったら砂浜にキスするところだった。
「えへへっちゃんと走って良かったー」
ヘラヘラ笑いながら伊作が手を差し伸べる。
「笑うな。冷たい。もうイヤだ」
「じゃ、もう一回ね!遅かったらどーんだよ!」
出来の悪すぎる弟がまた言い始めた。どう考えても私と伊作が小平太の足にかなうはずがない。遅かれ早かれ2人とも砂浜にキスは免れないだろう。
「よーい、どん!」
小平太が高らかに叫び、私たちは走り出す。どうせ走らないと言っても聞く耳持たないのは理解している。故に反論せず走ることに集中する。
「ま、すっ飛ばされるんッだろうけどなッ」
「そうッマイナスに考えるとッそうなっちゃうんだよッぼくみたいにッ絶対捕まらないッって思っていればッ」
どんッ
「おわ!」
音と共に背中に衝撃が走る。走って勢いがあったため、転ぶだけでなく本当にすっ飛ばされてしまった。
「仙ちゃん捕まえたー」
「くそっ」
「ほーら、思っていれば捕まらないんだよ」
小平太との距離があいて余裕が出たのか伊作が仁王立ちで笑う。
「うおおッ勝負はこれからだよいさっくん!」
楽しげにぴょんぴょん飛び跳ねる小平太を見て伊作は心底失敗したという顔をして、また走る。
「マヌケ」
「うるさいよ!」
「いけいけどんどーん!」
小平太が走る。一切足を取られることがなく、砂浜を走っているようには見えなかった。こりゃすぐに追いつかれるな。
「わわわっ」
「いさっくん遅ーい!」
振り返った伊作がすぐそばまで来ている小平太に慌てるが時すでに遅し。
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