陰陽の華嫁

□漆
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知っていた筈の…
理解していた筈の、事柄が
十夜の脳裏を過ぎる。
黄金の背後で庇われた女中の細い肩が、微かに震え
薄紅の袖
は、ら
はら
と、揺れた。

現実とはかけ離れた光景に、確かな怯えを見せる少女の
水滴が滲んだ瞳が映すのは、己が仕えるべき…漆黒。
だが、心を呑み込む本能が危険を訴える。

畳の上を後退るその姿に
見慣れた視線の意味に…
刹那、哀の色を押し隠しながら
光代は、唯…穏やかな夜の彩の瞳を細め
柔い音色を紡いだ。




「渡部さん、奥の座敷の方へ避難して下さい。大丈夫…皆、無事ですよ」

「は、はいっ!」




鼓膜を揺らした声音に、女中は客間から逃れるように駆け出す。
額を濡らしていた雫が
ひら、り
舞った。

薄紅が見えなくなると、その声音は十夜に送られる。




「十夜殿…」

「、ッ!」

「…十夜殿、も…お怪我は無いですか?」




反射的に震えた肩を、黄金は殴り付けたい気持ちに襲われ
俯かせる視線。
そして、その視界に映った
…畳に

ぽた、り
滲む椿の彩。




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