陰陽の華嫁

□拾
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小雨の雫で滲んだ地面を
ぱしゃ、り
音色を鳴らして歩む、質の良い革靴。
銀糸をあしらった薄鼠色の、スーツの裾を揺らし
萬月は桜の彩へと歩み寄った。

小さな薄紅の実を摘み取る、許婚の名を
鼓膜に心地良い低音で呼ぶ。




「光代」

「!、萬月っ。お帰り」




不意に鼓膜を通った聴き慣れた声音に
艶やかに潤うラズベリーを、指先で包んだまま
漆黒の瞳は、白銀に重ねられた。

贈られる、柔い微笑み。

今、この屋敷には居ない家族の元を
訪ねに行った許婚の帰還を、喜ぶそれに
萬月は、素直に口角を上げる事が出来ず。
唯、一つ
音を返すだけ。

だが、そんな濃藍の心情を知る少年は
眉根を顰める事もなく。
ひら、り
桜の彩の絹布を揺らした。




「疲れただろう。今、お茶を用意するから
着替えて…」

「待て」

「?」




コロ、ン
下駄の緩やかな音色を鳴らし
踵を返そうとした光代を、濃藍が呼び止める。

揺れる、着物の袖。
鶸色の色無地の紬に
品の良い、淡藤紅の半襟の彩り。




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