アキの小説

□戒律の話
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『戒律の話』


いつも通り任務を終わらせたあと角都と一緒に安い宿に泊まった。安い上にシャワー室が付いて、部屋も申し分なく広かったので迷わずここに決めたのだ。

「角都、俺シャワー浴びてくっから」

「あぁ」

飛段はケースの中から目を離さず答える彼を一瞥したあと、シャワー室に入った。中に取り付けてある鏡が自分を映したので、胸元を見る。先程ジャシン様に捧げた生け贄と共に流した血が固くこびり付いているのを見て飛段は顔をしかめた。傷が開くことも新たな血が出ることもなく、ただ小さな傷になって残っていた。その傷痕も明日になれば消えているだろう。この驚異的な回復力が無ければ毎回ジャシン様に祈りを捧げられないことは分かっている。だが飛段はやり切れない気分になって小さく溜息をついた。

「少しくらい残してくれたって良いのによぉ」

その部分を手で摩りながら苦笑いする。そして服を脱ぎ、シャワーのコックをひねった。透明なお湯が飛段の体を滑り赤い液体となって排水溝に流れていく。より鮮明に見えるようになった自分の傷一つない体を見て、また溜息をはいた。


シャワー室から出た飛段は下半身にタオルを巻いただけというラフな格好で、まだ金を数えている角都にシャワーから出たことを伝えた。またもや彼は数えることを止めなかったが横目で飛段をちらりと見た。

「なに、まだ数えてんの?」

「金を見ていると落ち着く」

パタンとケースを閉じ、角都は立ち上がった。そして飛段の目の前に立った。

「?」

突然の彼の行動に飛段は些か驚いた。飛段は彼が立ち上がった理由として何の捻りもなく、シャワーを浴びに行くんだろうなぁと思っていたわけで。しかも角都が自分の目の前に立つときは何かの暴力を受けるときだけだ。角都の手が自分にのびてきて、無意識のうちに体に力を込める。

「傷が消えているな」

胸元に軽く手を当て、角都は静かに言った。心臓でも取られるんじゃないかと内心びくびくしていた飛段だったが、思いがけない彼の行動に明らか困惑していた。しかも優しく触れるものだから、こそばゆくって仕方がない。どうしたものかと彼の顔を見ると、翠の双眸もこちらを見ていて、恥ずかしくなって下を向いた。先程から角都は飛段の顔をずっと見つめている。

「何?」

怪訝そうに飛段が問うても角都は何も言わない。そして手を離し次に頬に触れた。すると角都の顔がだんだんと近づいてきたから慌てて目を閉じた。額に柔らかな感触。ゆっくり目を開けると角都の唇が見えて、キスをされたことに気付いた。時々角都はこういう行動を取ることがある。それは角都が酔っ払ってる時だとか機嫌が凄く良い時だとか、本当に時々しか現れない行為。何処か、忘れかけていた親をも思わせるその行為が飛段は嫌いじゃない。だが今日は何か違う。飛段は直感的にそう思っていた。

「角都?」

「飛段」

角都の顔を近くに感じる。今度は少し下、自分と同じくらいの高さに彼の顔があった。だんだんと、近づいてくる。駄目。駄目だから。飛段は心の中で必死に叫ぶ。彼の熱を感じることが出来るまでに近い。咄嗟に手が動いた。

「?」

「ごめん、角都。無理」

飛段は角都の唇を手の平で受けた。

「戒律で、決まってるから」

神以外との性行為または求愛、恋愛を禁じる、と。

「だから、いくらアンタでも駄目だ」

声を振り絞って、それだけ言った。目を逸らして。

「…そうか」

角都はそれだけを言い残して、踵を返した。今度こそはシャワーを浴びに行くようで、飛段は安堵した。

一人残された飛段はわけもなく悲しくなって、熱くなった目頭をこする。ジャシン様が見ていなかったら、なんておかしな望みを持ってしまった自分に対してかなりの嫌悪を覚えた。謝罪の印にジャシン教のマークが入った首飾りに唇を寄せようとして、止めた。始めてその行為に対して疑問を持ったのだ。

角都が触れた所全てが熱くて、飛段は三度目の溜息をついた。



fin.

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