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□『ありがとう』って笑ってみよう。
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誕生日は、嫌いだ。


小さいころ、といっても一般的に小学生の年齢ではなくて、もっと昔、つまり幼児期の誕生日は好きだった。
理由はできれば思い出したくはない。

それから数年は寂しい気持ちで誕生日の朝を迎え、姉貴の作ったケーキで体調を崩して次の日を迎えた。


家を出てからは誕生日はいつの間にかすぎて、明日14になるということに山本の言葉で気がついた。


「なぁなぁ、明日空いてる?」
「明日?平日だし普通に空いてるけど」
山本はものすごく嬉しそうな顔をしている。
「じゃあ俺んちで晩飯食おうぜ!トロいっぱい握ってもらうから!」
トロと聞いて俺はかなり心ひかれたけど、顔には出さなかった。
「それはいいけど…なんで明日なんだよ。急じゃねえ?」
山本はきょとんとした顔をしている。
「もしかして、忘れてる?」
「……なんかあったっけ」
山本は俺の肩を掴んで体を反転させ、黒板を指差した。
突然伝わった体温に不覚にも心臓が跳ねた。
黒板には並んだ名前の上に、9月8日、と書かれていた。

「明日お前の誕生日だろ?」
「ほんとだ…」

「俺その日は部活ないから、一緒に帰って寿司食っていちゃいちゃしような!」
「最後のは却下だ」
「で金曜か土曜のどっちかにお前んち泊まりに行くから、どっちが都合いいか考えといてな!」
「話聞けよ」

「楽しみなのな!!」
「……マグロはな」




朝からなんだか落ち着かない。
こんな誕生日の朝ははじめてだ。強いていうなら、ずっと昔の、あの人に会える期待感に近いかもしれない。
でももっと、何かが焦げるような小さな苦しさがある。

原因なんて考えなくてもわかる。
つまりは、あいつが好きだという答えに行き着くんだろう。
あいつが誕生日を祝ってくれる。
それがこんなにも嬉しいなんて、乙女かっつの。

顔を洗って、髪を整える。
いつもより時間が長いのは気のせいだ。
鏡に映る自分の頬が赤くて嫌になる。


土日のどっちかに泊まりに来るってことは、今日はしねぇってことかな。
いや、そんなことになったら明日学校に行けなくなるから、しないほうがいいんだけど。

なに考えてんだ、俺…


俺はいつからこんなんになったんだろう。
早く大人になりたかったから、年を取る誕生日は喜ぶべきイベントであるけれど、誕生日でうきうきしているのはどこからどう見ても子供の姿だ。

昨日が今日に変わって、13が14に変わっても、俺は何も変わってないのに。

素直になることもできないのに。



あいつは今日会ったら、きっと、「おめでとう」って笑ってくれる。
そしたら「サンキュ」って笑ってみよう。
山本みたいに、顔全体で眩しく笑うことは多分できないけど、しかめっ面で素っ気ない態度は取らない。
もしそんなことをしたら禁煙という戒めをする、と決めてみよう。


そんなことを思いながら支度を済ませ、家を出ると、マンションの下で山本が待っていた。

「おはよう獄寺!」
「あ、おう」
「昨日の12時ぴったりに電話したのに出ねぇんだもんなぁ。寝てた?」
「あぁ、わり。電源切ってた」
「かっこいい愛の言葉考えてたのにな」
「ばか」
…結局、笑えなかった。
いま誓ったばかりなのに。


山本は終始ニコニコしている。
まるでこいつの誕生日みたいだ。
こいつの誕生日の時は、まだ俺は喧嘩腰で(今も似たようなものだが)竹寿司でマグロだけ食って帰った。
こいつは初めて会った頃から俺を好きだったというから、結構ひどい話だ。


放課後、山本が俺の机に来た。
「獄寺!帰ろ…」
「あれ山本、帰んの?部活は?」
山本の声を遮って野球部の奴の声がする。

「あ…えと、うん、今日はちょっと」
山本は俺をちらちら見ながら答える。
「そっかーじゃーな!」
そいつは深く追及することなく部活に向かったが、俺たちの間にはなんとなく気まずい空気が残された。

「お前、今日は部活ないんじゃなかったのかよ」
「あー…はは。部活サボるっつったら、獄寺、ちゃんと行けって言うかなって思って」
「……」
「嘘ついたりしてごめんな?俺、ほんとお前の誕生日祝ってやりたくて、部活終わってからじゃ遅くなっちまうし…怒んなよ、な?」
「……」


やべぇ、嬉しい。


そう言えばいいんだ。
嬉しいって。





「ばか」

馬鹿は、俺だ。





山本は笑ってもう一度「帰ろ」と言った。
俺は頷くしかできなかった。

山本の家に向かう間、俺たちは一言も言葉を交わさなかった。
山本は俺が怒っていると思ったのか話しかけてこなかったし、俺からも何も言えなかった。


「ただいまー」
「おう武!おかえり!獄寺くんもな!」
「あ…ども」
親父さんはいつも温かい。
この笑顔で、毎年山本の誕生日を祝ってきたのだろう。

「獄寺くん今日は誕生日なんだってな!獄寺くんが好きな大トロ、いっぱい握ってやっから楽しみにしてな!」
俺はまたしても、頷くしかできなかった。


「上行って荷物置いてこようぜ」
「あ、あぁ」
山本の部屋は、当たり前だけど山本の匂いがする。
太陽と土との匂い。
そんな山本の匂いに囲まれていると、なんだか山本に抱き締められているみたいだ。

「獄寺」
肩を引き寄せられて、山本の顔がおずおずと近づいてきた。
「ん」
と俺も目を閉じる。

別に怒ってねーよ、という気持ちをこめて。
伝わったかどうかはわからないけど。


「なぁ、まだ…怒ってる?」
……伝わらなかったみたいだ。
「…別に」

こんなんじゃ伝わらない。
言葉にしなきゃだめなんだって、いい加減わかれよ、俺も。
俺がこんなだから、こいつはまだ困った顔をしているのに。



親父さんの寿司はものすごく旨かった。山本によく似た笑顔で、おめでとう、と言ってくれた。
俺は、ども、としか返せなかったけど、それでも笑ってくれた。




たらふく食べてまた二階に上がって、微妙な距離でふたり並んでいた。


そして山本は、小さな声で呟くように言った。
「誕生日おめでとう、獄寺」
俺を見つめる目は、とても優しげで。
握られた手は、とても温かくて。

そして首に腕を回された。
キスされる、と慌てて目を閉じたが、その腕はすぐに離れていった。


「これ、いつも獄寺がしてるような、高いもんとかじゃないけど」

見ると、胸元にはシルバーの十字架。

「ずっと、好きだから」
この十字架に誓うように言った山本の声に泣きそうになった。

俺はまた何も言えない。

ひとつ大人になった。
年齢、だけが。

俺もいい加減、礼のひとつも素直に言えるようにならないと。
こいつがくれた幾憶の笑顔に応えて、不器用でもいいから笑ってみよう。


「……ありがとう」

山本は少し驚いた顔をして、目を細めて笑った。

「獄寺、好きだよ」
目の前の笑顔に目を閉じれば、重なった唇から幸せがあふれだす。

唇が離れた瞬間に、自然と笑顔がこぼれた。



ずっとずっと、こいつを好きでいよう。
素直になれない俺を待っていてくれたこいつを、絶対離さないようにしよう。
大切に、しよう。


胸の十字架に、誓った。





END.
+++++++++++++++
獄寺の誕生日は9月9日です。
今日は19日…orz

そして獄の誕生日を祝う話、というよりも獄が頑張って自分を成長させる話でした。

18の誕生日に、自分が思っていた18歳と自分があまりにかけ離れていた気がして、「なんだ年だけ取っても全然大人になれてないじゃん」と思ったんです。
日付が変わって、数字がひとつ変わったところで、自分が変わらなきゃ意味がない。
獄がそれに気づいてサンキュー&スマイルを身につける(?)という課題を山もっちゃんのおかげで達成する…つまるところ獄を変えていくのは山本でした。みたいな←

まぁ、直球野球少年・山本を成長させたのは他ならぬ獄なんですよね。


2008.09.19
黒川 美冬


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