桜色の長絵巻
□怖懼編
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「悪いな、手伝ってもらってよう」
「何言ってんだ新八。てめえが無理を言って、こいつに頼みこんだんじゃねえか。千鶴、悪いな」
「あ、いえ。お手伝いできて嬉しいです」
現在、千鶴は永倉、原田の二人と一緒に、新選組屯所内にある勝手場で昼食の準備にとりかかっていた。
遡(さかのぼ)ること、四半刻(約三十分)ほど前のこと。
永倉の言葉がきっかけだった。
「俺達を助けると思って、昼飯を一緒に作ってくれねえかっ!?」
そう切羽詰まったように言われ、最初は千鶴も原田もそれはそれは間抜けた顔をしていたのだが、彼女よりも先に原田が復活した。
「おい、新八。何、阿呆(あほう)なこと言ってんだよ。そんなことしちまったら、俺らだけじゃなくこいつだって、『鬼』の副長から大目玉くらっちまうじゃねえか」
「大丈夫だって、今土方さんは近藤さんと一緒に出かけてるしよ」
「おまえなあ……」
「あの……」
恐る恐るといったていで、千鶴が声をかけると二人は、声をかけた人物に視線を向ける。
一瞬だけビクリと肩を跳ねさせるが、千鶴は真っ直ぐに彼らの眼を見て言った。
「よろしければ、お手伝いします」
そして、冒頭に至るのだ。
味噌汁の具として野菜をきざんでいる最中、千鶴はなにがしかの視線を感じたが、それは監視される側だからだと思い、ほんの少しだけ落ち込む。
だが、与えてもらった仕事を疎かにしてはいけないと考え、一定の拍子を保ちながら野菜をきざんだ。
「原田さん、具をきざみ終わりました」
「おう、悪いな。それじゃあ、鍋の中に入れてくれ」
原田の指示通りに、千鶴はさきほどきざんだばかりの野菜を投入しようとした……が。
「あの、ちょっと味見をしてもよろしいですか?」
控えめに尋ねれば、別にかまわないと、原田がつげ、用意してあった小皿に、まだ何も入っていない味噌汁をそこへ少量入れた。
原田から小皿を受け取り、千鶴は口を寄せた。その直後、千鶴は顔をしかめる。
「どうした?」
彼女の反応に、原田は訝しげに見るが、千鶴はそんな彼の視線を気にする前に、お玉をお借りしますと言って、原田の手にあったお玉で鍋の底から何かをすくいあげた。
「やっぱり」
お玉の中を見た直後、千鶴はそのように漏らした。
その中には、数匹の煮干しがいた。
「千鶴? なんか手順間違えてたか?」
原田の声に我に返り、千鶴は原田に伝えてよいものかどうかと思案し、迷う。
「気ぃきかせてくれてんのかもしれねえけどさ、なんか間違いがあったんなら、教えてくれねえか?」
何かを察し、原田は意図的に優しげに声をかける。
といっても、彼にしてみれば、千鶴と接するときは常にそのように心がけている。
原田の声に促され、千鶴は言葉を紡ぐ。
「……煮干し」
「煮干し? そいつ、味噌汁の出汁(だし)に入れたんだが……」
「その煮干し、頭がついていますよね」
「ん? ああ、そうだな。それがどうかしたのか?」
「あの、原田さんはお味噌汁の味見をしましたか?」
千鶴に問われた原田は、はたと気づく。
そういえば、味見をしていなかったと―――。
彼の表情を見て、千鶴もその事実に気づき、素早くすでに出されていた椀(わん)のひとつに手を伸ばし、そこへ件の味噌汁を少量だけ入れた。
「どうぞ」
千鶴に突きつけられた椀を、原田は少しばかり驚きながら受け取り、それを飲む。
だがその直後、土方ほどではないが、原田の眉間に皺が幾筋も刻まれた。
「……苦え」
それが、彼自身が作った味噌汁の味の自己評価だった。
原田の感想に、千鶴も頷く。
「なんでこんなに、苦えんだ? 昆布や鰹(かつお)で出汁取った時にゃ、こんな味しなかったぞ」
ぺっぺと、舌先にまだ残っているらしい苦味を飛ばそうとしながら言う、彼の率直な感想に千鶴は微苦笑を浮かべた。
「煮干しでお出汁を取るときは、頭をあらかじめ取っておかないと駄目なんです」