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□月宴(モノノ怪短編)
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 煌々と輝く空の鏡。
 今宵は、望月。







月宴








 薬売りは、杯を傾けた。
 ひんやりと冷えた酒が、喉を滑ってその緩慢な痺れを運んでいく。
「ほう、これは・・・・どこの、酒ですか?」
「灘じゃ」
 酒の名産地を聞いて、薬売りはその眉をすこし動かした。
 なるほど。
「総大将御自らが、赴いて?」
「くっくっく」
 しゃがれた声が笑う。
 違うことを知っていて、あえて薬売りはたずねた。そしてそれをまた、知っていて、彼は笑った。
「そっちの方はどうなんじゃ?繁盛しとるか?」
「まぁ、ぼちぼち」
「病んどるやつが多いからのぉ」
「今も昔も、一番売れる薬はやはり、あっちの薬ですよ」
「健全じゃの」
「えぇ」
 知っている。
 彼が言っているのは、薬の売れ行きなどではない。
 だが、それは、あまりにも酷な現実。
「最早こんなオイボレと酒など飲んでくれるような奴ぁおらんよ」
「御戯れを」
 くい、と勢いよく御杯が空になるのを見て、薬売りは徳利を持った。
「いやいや、本当のことじゃ・・・」
「なれば、御一献」
 とくとくと、小さく音をたてて酒が満つ。
「なぁ、薬売りよ」
「はい」
「オイボレのたわごとかもしれんが・・・この世はずいぶんと、住みにくい場所になったもんじゃの」
「・・・・御身には、そうやもしれません、ね」
「昔は・・・もっと仲間がたくさんおった・・・」
「・・・・・」
「昔は・・・もっと、月見はにぎやかじゃった・・・」
「・・・・・」
「過去に縛られすぎかの?じゃが、つい、思うてしまうのじゃ・・・」
「総大将・・・」
 彼の御方は、いつの間にやら薬売りの煙管を咥えていた。相変わらずなお方だ。
「・・・ヒトも妖も、それほど、強いモノでは、ございませぬ」
「・・・・・」
「総大将の御心のお慰みになるのなら、この薬売り、いくらでも、月見でも、花見でも、ご一緒いたしましょう」
「・・・・・すまぬな」
 やんわりと笑む彼の御方に、薬売りはさらに酒を注ぎ、苦笑した。
「そのようにしょぼくれておいででは、御名が、泣きますよ」
「ほ?」
「貴方様は、彼の妖怪の総大将、ぬらりひょん様ではございませんか。人に迷惑をかけて、なんぼの妖怪であらせられた、はず、では?」
 にやりと笑ってやれば、彼の御方も、またそのしわだらけの顔でいやらしく笑った。
「お主、ヒトであったかの?」
「さぁ、どうで、あったか」
 静かに、静かに。
 あるのは、虫の音、月の声。

「のう、薬売りよ」
「はい」
「人に迷惑をかけてなんぼの妖怪、と言ったな」
「えぇ」
「ならば、今のうちから言うておくぞ、迷惑を」
「なんです?春画ならば、迷惑でもなんでもありませんが?」
「アレはなくては困る。・・・じゃなくて、違うわぃ」
「では?」
「わしが、このわしがモノノ怪となった暁は・・・」
「・・・・・」
「迷うことなく、斬ってくれ。形、真、理・・・共に、お主は知っておろう?」
 煌々と輝く月の宴。
「・・・・承知、仕(つかまつ)り、候・・・・」
 くいと傾ける杯。
 ころりと転がる、からの徳利。
「今は・・・飲み、ましょう・・・総大将」
「・・・そうじゃの」
 
 月の声。
 虫の音。
 
 煌々と、輝く、月の、宴。



fin....

妖怪ぬらりひょんと酒を飲み交わす薬売りさん。なんか突発ネタでした。
ただ、ぬらりひょん=総大将っていうのは、某F氏というまぁ妖怪学の権威が「このいやらしさ、ずうずうしさはまさに妖怪の総大将ともいえるべき云々」っていうのを勝手n・・・もとい、自説でお立てになられただけで、実際、「ぬらりひょんが総大将」っていう確立した文献とかは発見されてないんですよね〜、水木しげ●氏が敵方の大親分にしちゃったからまたワルモノのイメージが広がっちゃったみたいだけどさっ。
それはそうと、これ書いたのぬら孫にハマる前だぜ笑

ぬらりひょんは、家主が留守の間に勝手にタバコやお食事を頂くいやらしい妖怪、です。

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