小説

□僕と妖怪の冒険
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僕は今、母さんの実家の縁側で寝っ転がっている。
夏休みだから母さんが僕を連れて田舎に帰省しているのだ。
父さんは仕事が忙しいとかそんな理由で来なかったけど。

僕がボーっと広い庭を見ていると、後ろの障子が開いて、じいちゃんが現れた。
「またそこで寝てんなが?」
じいちゃんは僕の隣によっこらしょっと、と座った。
「アイス食うが?」
じいちゃんは手に持っていた棒アイスを僕に1本渡してくれる。
「食べる食べる」
僕は起き上がってアイスを受け取って食べ始めた。

しばらく無言でアイスを食べ続けたけど、じいちゃんが口を開いた。
「おめえ、こっち来てから日がな一日ここで寝てっけどよ、宿題大丈夫ななが?」
僕はそれを聞いて嫌な顔をした。
じいちゃんはそんな僕の顔を見てニコニコと笑った。
「だって暑いし、やる気出ないよ」
まあ、ただ単にやる気ないだけだけどさ。

「扇風機あるど」
じいちゃんは障子の隙間から見える扇風機を指差した。
「だってあの扇風機、首が折れてて下にしか風来ないじゃん!」
「んだぁ。下にしか風来ねぇよ」
じいちゃんは楽しそうに笑った。
「新しいの買ったらー?」
「んだって、夏しか使わねぇがらよぉ、新しいの買ってもなぁ…もう歳だがら長く当たってると膝痛くなるし…で、宿題は後どんけ残ってんなよ?」
話をさりげなく逸らしたと思ったら、一気に戻された。

「えーと、算数のドリルと、自由研究と、工作と、書道…」
「なんだ、ちゃんとやってるんだなぁ。後もうちょっとだしゃ」
「けど、自由研究が面倒くさいんだよー。何を研究すればいいんだっつーの」
僕はアイスの棒をくわえながら口をとんがらせた。
「自由研究なぁ…」
じいちゃんは腕を組んでうーん、と唸った。
「アリの巣でもほじくり返して女王アリでも捕まえればよ?」
「やだよ。アリってウジャウジャいてキモイもん」

「んだったら、セミでも捕まえて標本にすればよ?」
「えー、セミ捕まえんの大変じゃーん」
「わがままなワラシだごど」
じいちゃんはむぅ、と難しい顔をして黙り込んだ。
「あ、んだったら、ここら辺に伝わる話してけよが?それ書けばいいべ」
「お、それはいいかも。ちょっと待ってて。今シャーペンとノート持ってくるから」

僕は縁側から立ち上がって、勉強セットを置いてる部屋へとむかい、シャーペンとノートを持った。
てっきり、宿題の事について聞いてきたのは早くやれとせかすためだと思ってたけど、手伝おうとしてくれてたようだ。
良いじいちゃんだなぁ。

僕はそう思いながら縁側に座ってノートを開く。
「はい、OK。言って言って」
「こっから真っ直ぐの所さ山見えるべ?」
僕が首をじいちゃんの指差す方に向けると、確かに山がある。
青い空に緑色の山が映えていていい感じだ。
「あそこにはなぁ、天狗が出るんだ」
「天狗ぅ?」
僕が聞き返すと、じいちゃんは頷いた。
「んだ、天狗」
「じいちゃんは見たことあるの?」
「いや、オラは子供ン時からあの山には行くなって止められてたから…いや、この辺の者は皆あの山には近寄らねぇな。あの山に行ったが最後、神隠しにあってだーれも戻って来ねぇんだ」
僕は書く手を止めてまた聞き返した。
「カミカクシって、千と千尋のあれ?」
「ああ、あれだ、あんな感じ。とにかく天狗が連れ去って人が居なくなっちまう。オラの爺さんもあの山にきのこ採りに行って居なくなっちまってなぁ」
「じいちゃんのじいちゃんが?」
僕はノートにカリカリと書きながら聞き返す。

「んだ。何十年もだーれもあの山にゃ近寄らねぇがら、でっかいきのこがあるはずだって皆止めたのに行っちまってなぁ」
「じいちゃんのじいちゃんって、どんな人だったの?」
僕がそう聞くと、じいちゃんは昔を思い出してるようで、少しの間遠い目をした。
「…とんでもねぇ人だったなぁ、今思えば」
「悪い人だったの?」
そう言うと、じいちゃんは苦笑した。

「悪くはねぇけど、良くもねぇな。若くて綺麗な娘子居れば声かけて、大酒飲みで大飯ぐらいでなぁ。あの頃の爺さんは今のオラと同じ位の歳だったけどそりゃ若者にも負けないぐれぇ体力あってよ、逃げ出した馬っこ追いかけてそのまま追い抜いて捕まえて引きずりながら帰ってきたこともあったっけなぁ」
「…そりゃとんでもない人だね…」
っていうか、人が馬を追い越せるものなのか?しかもじいちゃんって言われる歳で?
父さんに競馬場につれてってもらった事あるけど、馬って一瞬で目の前走り抜くんだよ?無理じゃないの?
「仏壇の部屋に爺さんの写真あるけど見るが?」
「あ、見たい見たい」
僕とじいちゃんは立ち上がって仏壇の部屋へと向かった。

〜〜〜〜〜〜〜
じいちゃんが仏壇の部屋のふすまを開けた。
そして仏壇のそばに飾られている白黒の遺影を見上げ、一つの写真を指差した。
「これがオラの爺さんだ。何十年経っても戻ってこねぇがら死んだって事になってなぁ」
じいちゃんが指差した写真を見ると、満足そうに笑っていた。
他の写真の人は皆真顔でキリッとしてるのに、じいちゃんのじいちゃんだけがしまりのない顔で笑っていた。
「笑ってるね」
僕がそう言うと、じいちゃんも写真の中と同じような顔で笑った。
どうやらじいちゃんはこの写真のじいちゃん似らしい(ややこしいな)。
「この爺さんはいっつも笑ってらったからなぁ。しかもこの写真撮った時酒飲んだ後だったらしいがらご機嫌だったんだべな」
「ふーん…」
僕はじいちゃんのじいちゃんをじーっと眺めた。
確かに、ご機嫌そうな顔だ。
「とんでもねぇ爺さんだったけどなぁ、良い爺さんだったなぁ。大人のくせに子供っぽい人で一緒に居ると楽しくてよ」
じいちゃんはしみじみとそう言いながら僕の肩に手を乗せた。

〜〜〜〜〜〜
僕はじいちゃんから聞いた話をノートにまとめた。
他にも、母さんが高校生のとき同じクラスの男子たちが例の山に肝試しに出かけて帰ってこなくなり、捜索隊が出動したけどその捜索隊たちも丸ごと消えて、更に新しい捜索隊たちを送り込んだらその捜索隊も居なくなって、かなり大きなニュースになったという事も聞いた。
その事件があってから、ここら辺の人たちはその山を封鎖して近づいていないらしい。
「神隠しねぇ…」
僕はシャーペンで頭をコリコリと掻いて、ノートを閉じた。
「千と千尋みたいなのかぁ…」
僕はボーっと天井を見上げて、呟いた。
「楽しそうかも」

〜〜〜〜〜〜〜〜
僕は熱中症予防のために帽子をかぶった。
そして、虫に刺されないように半ズボンから長ズボンに履き替え、母さんのバックからデジカメ(極小)を取り出してポケットに入れる。

僕は足音を立てないように廊下を移動し、玄関に行ってシューズを履いた。
「どこさ行くなよ?」
「うわぁあ!」
僕は飛び上がった。
振り返ると、ばあちゃんがニコニコと笑いながら後ろに立っている。
ばあちゃんは気配を感じさせずに人の背後を取るのが得意だ。

「え、えと、ほら、こっち来てから縁側でゴロゴロしてたからさ、たまには外に出たいというか…」
きっと、例の天狗が出るという山に行くって言ったら家に軟禁されると思った僕は慌てて言い訳をした。
「ふーん…」
ばあちゃんは僕の頭からつま先までジロジロと眺め降ろした。
僕はもしかしてばれたのかと思いながら、黙って下を見ていると、ばあちゃんは口を開いた。
「駄目だ」
「!!」
やっぱり、ばれたか。
このままじゃ家に軟禁される!と思ったけど、予想外の言葉がばあちゃんの口から飛び出た。

「今日は暑いからなぁ、水と手ぬぐい持ってけ。今水筒もって来てけるがらちょっと待ってれな」
ばあちゃんはそう言うと家の奥へとのしのし歩いていった。
「…セーフ!」
僕は玄関でガッツポーズを取った。
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