お話

□絶え間ない雑音の中で
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廃棄されたはずの工場跡で、物音が響く。

誰にも知られることなく。
最後の音が響く。










避けきれず、左頬に痛みが走る。
かすめた程度だったが。チリチリとした痛みが、確かに接触があったことを主張する。

白い衣を纏った黒髪の青年は、その紅い瞳を其方に向け直す。七本の足を持つ、蜘蛛に似た黒い異形。近寄って見れば、その身体の表面は蛇の鱗のようなもので覆われているのが分かる。そして、この大体中型トラック程の大きさの、蜘蛛似の蛇肌は。元から七本足だったわけではなく。
その一本を青年、劉黒が切り落としたのだ。その手に持った大鎌で。

それは寄生型のコクチが、取り憑いた人間を完全に取り込み、蛹が蝶に羽化するように転化した姿だった。

「・・・っ!」

鋭い呼気。直後、劉黒はその姿が霞む程の速さでコクチの足元まで踏み込み、その大鎌を一閃する。

コクチの足が飛んだ。・・・四本。

一閃の後、劉黒は直ぐさま後方へ跳ぶ。それまでいた場所には幾本もの触手が地面を穿っていた。

「蜘蛛はそんな物騒な器官は持っていないぞ・・・」

そうぼやきながら、工場内の柱の中程に、残りの三本の足で立つように吸い付いて上体を固定するコクチを見やる。

顔から、胸部から・・・身体の至る所から伸ばされた触手が戻っていくところだった。

劉黒は跳躍して間合いを詰めると、鎌をくるりと回す。柄の部分でコクチの足を薙いだ。
足払いで宙に浮いたコクチの身体。そこに足を薙いだ回転の勢いのままに。反対側にあった刃が迫り、触手を刈り取った。柄口の背から伸びる帯が、その軌跡を描くように追いかける。

まとめて刈り取られた触手。しかし、次の瞬間。

「・・・」

(やはり・・・またか)

刈り取ったそれの倍に匹敵する量の触手が、劉黒を襲った。

見れば足も八本。生え揃っている。

実は随分前からこの繰り返しだった。

切っても切っても、蜘蛛の触手と足は驚異的スピードで再生するのである。

ならばと、大量の触手を束ね、太いそれでもって重く薙ぎ払おうとする蜘蛛の動きを読む。劉黒は再度その懐に飛び込む。

大鎌を片手に持ち替え、蜘蛛の腹部に空いた方の掌を打ち込む要領で、その構成分子の離散を促す。

即ち 影分子の分解を試みた。

蜘蛛の姿形からして、取り込まれた人間は腹部周辺に居るはずだった。

(苗床にされた人間さえ、無事にはがせれば・・・)

瞬間、かなりの量の影分子が塵に還っていった。
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