お話

□埋もれてしまったキミを視る
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「昶」

「ん?」

「・・昶」

「何だ、賢吾?」

「昶・・・」

「・・何だよ・・?」

昶の手がピクリと動いた。

まるで

思わずといった風に。

でも、俺はもっと早くに知っていた。
大体このくらいで思い切り殴られるのだと。

なのに

俺が気づいていたというのに、当の昶は・・・

胸の辺りまで上がったその手を拳にしないまま、はたと動きを止めている。

そして、まるで 何をしようとして上がった手なのか、それを確かめる様に

握って 開いて


次いで、


そろりと、また 何かを

確かめる様に

俺の頭を軽く叩いた。


と・・次の瞬間。

「・・だったか・・・」

そう、昶がポツリと零したかと思うと

目の中に星が輝いた。

思い切り良く殴られたのだと理解したのは、後頭部にも痛みを覚えて、慣れ親しんだ校舎の天井を、床から仰ぎ見た時だった。

何時もと異なったテンポのソレに、受け身を全くとれなかったのは


言うまでも無い。














昼休み、屋上。

「昶!!偉いじゃない!朝から授業に出て、てゆーかずっと席に着いてるなんて!?」

綾が手を叩いて喜んでる。

そりゃそうだろうな、何時も口を酸っぱくして言ってた事、今日の昶は言われる前から殆どこなしてる。

「ああ、まぁ・・な」

「何々?何かあったワケ!?」

「・・ああ、色々と、思うところが・・」

くぅう〜っ と綾が身悶えして足をバタバタさせている。

「あ、そういえば今日、白銀さんは?あんた今・・えと、あの『即席ドッペラー』?なんだ・・?」

確かに、何時も昶の傍に居るはずの白銀さんを、今日はまだ見ていない。

・・気付いてはいた。

けど、それ以上に

何時も以上に

昶が気になって、確かめていなかった。

「――いや、コレは・・別口。・・・アレ無しでもいける様になった。
・・・白銀は、家に置いて来た。
少し、喧嘩したから・・・」

訥々と、淡々と答える昶に、綾は ふぅん と呟いて・・

「早めに仲直りすんのよ?」

そう言って、一足先に屋上を下りていく。

その背を見送ってから、
昶が俺に向き直った。

「賢吾」

静かな声だ。

「何、昶?」

他のどんな流行りの曲より

俺を惹きつける。

そうだ、昶だ。

「先ずは、お前に話しておく・・・」

こうして向き合って

その瞳を見て

声を聴くと

それまで微かにあった違和感が、何処かに行ってしまうのが解る。

(ああ、昶だ・・)

何でか解る。


思うのでも

考えるのでも

感じるのでもなく。

「うん、話して」

今、目の前に在る存在が
昶だと

解る。


ただ ほんの少し戸惑っているだけ。

でも もう大丈夫だ。

こうして向き合えるなら。


「昶」



俺に不安はもう無いよ。











また、毎日を繰り返して。

膨大な時間に埋もれた昶を


その手を一番に掴むのは



俺だと良いな・・・

















引き継ぎは 為された。



後はまた、紡ぐだけ。



懐かしい未来を



何度でも。





紡いでいくだけだ。













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