お話

□酒と唄
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何となく明かりを抑えた室内で、簡素なソファーに二人並んで腰掛け、夜食感覚で酒と摘み物を楽しんでいた時の事。

本人にしてみれば『程良く』酔っている感覚なのだろう、白銀が 彼には珍しく、調子の良い声でこんな事を語った。

「影はな、光が強けりゃ強い程 強く、濃くなるんだ」

其の言に、私は首を傾げずにはいられなかった。

「・・というか、光が完全に消失すれば、後に在るのは全て『影』・・だよな?」

そして恐らく、其の『逆』は無いのだろう。

光は輝きの中心が必要だから。

影が其の『裾』を広げ、『其れ』から伸びる道筋を遮ってしまえば、光は翳り、呑まれ、途切れる。

しかし白銀の言う様に、光が強くなれば・・・


何かが光を受けて浮かび上がるモノを『影』と呼ぶなら、幾億の存在が犇めき共存する此の世界に於いて、影の生まれぬ場所など無いのだろう。

時々 疑問に思う。

私たちは果たして、
真実 対等で、『対』と呼べる存在なのだろうか と。

「とんだ馬鹿だな、お前」

そう言って、私の腰に回した腕の力を苦しい程に強めた挙げ句、耳朶に噛み付いてきた酔っ払い。

「・・・白銀、私を食べないでくれ」

くつくつと、耳元で笑いが生まれた。

「ただ肥え太った肉と、鍛え抜かれて引き締まった肉・・どっちが良い?」

がじがじと、私の耳を痛めつけながら問う酔いどれ。

「・・計算に基づいて育て上げ、センス良く調理された柔らかい肉が良い」

そして其れはこっちだ と、摘みに用意した生ハムを一枚、白銀の口元まで運んでやる。

しかし、彼は私の耳を解放しながらも、其の薄く切られた肉の向こうに、明かりを透かし見る様にして目を眇め、唇を尖らせて、 言う。

「フォークなんてブスイなモン使うな、ゆび使え!」

・・・通説では、指で摘む方がマナー違反だというのは私の記憶違いだったのだろうか・・?

それに・・

「先程もそう言われて、其の通りにしたが・・お前、私の指にまで かぶり付いたろう・・・
お陰で、肉を摘んでいた人差し指と親指に間抜けな歯形がしっかり残ってしまったぞ・・?」

「愛のシルシだろうが、光栄に思え」

そうほざいた私の相方は、グラスに残っていた液体を一気に呷った。

「・・白銀、酒はもう止そう」

「嫌だ、コレ美味いぞ、祀翠にもっと寄越す様に言っとけよ」

今 二人で口にしているのは私の部下で、光人の『王族』である祀翠が先日、良い物が手に入った と分けてくれた物だった。

そして、確かに美味い。

「判った、頼んでおく。
だから 今日はもう止めよう。御開きだ、私はもう寝たい」

「じゃあ 寝よう!」

言うが早いか、白銀は私を抱え上げ、ベッドの脇まで大股で近付くと、そのままベッドへのダイブを敢行した。

当然の如く私は下敷きになった。

いっそ殴りつけたい程の苦しさと衝動に駆られたが、程なくして耳元に生まれた穏やかな寝息に気力を削がれる。

白銀は酒に酔うと、常にも増して意地悪で、加えて寝付きが良くなる。

帰らないと洸達が心配するのだが・・

というか、酒を飲む前に言ったよな?
今日はちゃんと帰るつもりで来ていると。

しかし、こうなってしまった以上は仕方が無いと思い、私は白銀が寝苦しくない様に、彼の顔に掛かった髪を後ろへと梳いてやる。

「何時もと逆だな・・?」

普段、どうしてか世話を焼くのは白銀で、助けられるのは私である事が多い。

殆どがそうだ。

・・・全てではない筈だ。

其の所為か、最初から酒を飲ませない、一緒に飲まないという選択が出来ない。

「私も重症だ」

本当は知っている。

白銀は『影』で在りたいのだと。

『闇』は其の内に何も無いかも知れない。
其の外にも、又。

しかし影は存在を示す標その物だ。

其処に、確かに在る存在を示す、確かな証。

「お前が『そう』在りたいと言ってくれるなら、私は・・私も、そう在れる様に善処するよ・・」

光の途切れる事の無い様に。

影を見失う事の無い様に。















アナタは優しいカゲ。
スベテを静かに包み込む。

アナタは強いヒカリ。
閉じた瞼を貫いて、ワタシの心を鷲掴む。













夢現、アイツがそんな事を唄うのが聴こえた。

だから俺も唄い返す。





アナタは優しいヒカリ。
スベテを暖かに包み込む。

アナタは強いカゲ。
閉じた瞼の内より深い其の色が、ワタシを虜にする。


















聴こえただろうか・・


...
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