お話

□はなさない。
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琥珀色の液体が静かに、滑らかに光を反射しながら、薄いティーカップに注がれていくのを、黙って見ていた。










劉黒が、其の長い黒髪の揺れ動くのも僅かに、穏やかにだがてきぱきと作業を進める姿を見ている内に、何処からともなく小さな疑問が湧き出した。


たどたどしい手つきで、劉黒が初めて茶を淹れてくれたのは何時だったろうか・・?


(・・というか)

「そういや、茶の淹れ方なんて誰に教わったんだ、祀翠か?」

注がれる液体の様に、滑らかに艶めく黒髪を見ながら、何の気なしに尋ねた。

すると、劉黒も同じ様に、特に気にした風も無く答える。

「いや、焔緋だ」

(・・意外だ)

寧ろ軽くショックだった。

何故かは自分でも良く判らなかったが・・。

そうして、ちょっとした『世界の隠された歴史』に触れて、軽く自失の体となっている俺の鼻孔を、今ではかぎ慣れた豊かな芳香がくすぐる。


「ほら、白銀?」

出来たぞ。

そう言いながら、劉黒がほわりと笑んでティーカップを一客、差し出してくる。

「・・ん」

受け取って直ぐ、俺はカップに口をつける。

何時からだったのか、正確には覚えていないが、『何時も通り』の味が口内に広がる。

頬が緩みそうになるのを意識的に堪え、劉黒の顔をチラリと伺う。

向こうも其れに気づいて首を傾げた。

「・・どうだろう?」

期待半分、照れ半分なのだろう。其の頬がほんのりと薄紅に染まっている。

俺は其れには応えずに、一度ティーカップをテーブルに置いて、ちょいちょいとアイツに手招きする。

「・・・?」

不思議そうに目を丸くし、首を傾げながらもアイツは素直に此方へ寄って来る。

俺の直ぐ隣にまで、のこのことやって来た劉黒の手首をぐっと掴んで、其の身を引き寄せた。

「なっ・・ぁ!?」

抵抗をする前に、と言うよりも、考える前に。俺の膝を正面から跨がせ、此方に向かい合わせて座らせる。



「しっ・・ろがね!?」

状況を理解出来ずに、焦る劉黒の頭の後ろに手を当てて、逃れられない様に其の顎を俺の肩へと固定する。

(俺も必死だよな・・)

自然と、自分でも気づかない内に喉の奥からくつりと笑みが零れた。

そのまま、アイツの真っ赤に染まった耳元で囁いてやる。

「美味いよ」

華奢とは言わないが、男の身体としては細い肩がびくりと跳ねた。

だからもう一度、しっかりと言ってやる。

「美味いよ、ちゃんと、俺好みで・・・」

好きだ。

俺の口が劉黒の耳元に在る様に、アイツの口も俺の耳元に在る。

だから面白い程に、アイツの口がぱくぱくと動く気配が伝わって来た。

声は何も届かなかったが、まあ、判るから良しとする。










昔話になるが、『好きだ』と先に言ったのは劉黒だった。

しかし、先に『ソレ』に慣れるのは、俺でありたいと思う。



(やられっぱなしは性に合わんからな)





















密着させた身体から、相手の鼓動が落ち着いてきたのを感じて、其の耳を舐めてやった。

短いが高い悲鳴が上がる。

逃れようとする其の身を、俺は勿論離さない。

離してやらない。

やれない。

今そんな事をしたら、きっと此の顔を見られてしまうから。

鏡で確かめるまでもない。

熱をもった此の顔を。

精一杯の悪戯を繰り返しながら、相手の意識を掻き乱して。

相手と同じく、赤くなっているだろう此方の耳に、気づかれない様に。





(絶対に離さない)
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