一冊目
□リクエスト:6200hit*更紗様へ。
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どんなに深く繋がっても、其の度に相手との壁を思い知らされた。
もっと近くへ。
もっと内側へ。
互いに総て溶け合ってしまえと、祈る様にアイツを抱き締めた。
何度も。
にも拘わらず、アイツは目を丸くして言ったものだ。
「私は白銀と違う存在で良かったと思っているぞ?」
アイツの中で其の事は当然過ぎて、それまで意識する事も無かったのだろう。
そんな顔だった。
「違うから、感じる事が出来るんだ。 愛しい相手の体温、鼓動、呼吸・・声に言葉使い、癖、髪質、瞳の色・・・其の全てが愛しくて堪らない」
そう感じる私は極度の寂しがり屋なのだろうか?
アイツがそう言って首を傾げると、其の長く艶やかな黒髪が、むき出しの白い肩から下に零れた。
「・・・いや、阿呆だな」
む としょげるアイツを、俺はやっぱり抱き締めた。
他に何も知らない馬鹿だったから。
――――『ひとり』ということ ――――
(あの時は恥ずかし過ぎて、本気で阿呆かと思ったんだが・・)
深夜に、隣で眠る少年の、柔らかな髪を撫で梳きながら思う。
大切なぬくもりを感じられる事が如何に幸せか。
直ぐ傍に在る事を許され、此の手で確認さえ出来る事の喜び。
ふと、堪らなくなって柔らかく、しかし強く抱き締めると、寝ぼけた少年はぎゅうと抱き返してくれた。
起きていたら、照れて怒るか、恥ずかしがって怒るかのどちらかだろう。
(『鬼の居ぬ間に』と『知らぬが仏』を掛け合わせた様な・・か?)
「ぬくぬくですねぇ・・」
多くを失い、独り孤独に世界を眺め『嗚呼、もう彼処には戻れないんだな』などと悲観しきっていた自分を笑ってやりたい。
「帰って来ました。此の足で」
『彼』と護り愛でた、繰り返される営みの中。
一際愛しい存在は此の腕の中。
「もう、梃子でも動きません」
何時か、来るかもしれない『別れ』など、踏み倒してやろう。
美しい過去にしがみつき、離れたくないと駄々をこねる自分も、何時の間にか『過去』だった。
気がつけば、ひどく懐かしい『今』にいる。
しかし、 過去と『同じ』ではないのだと知っている。
信じるよりも、疑うよりも、唯 求めていたあの頃。
己の対存在と溶け合う事で同じに成る事を求めた。
眠る少年の瞼に唇を寄せてみる。
此の下に在る瞳と同じ方向を見たいと思う。
隣に在って、此の存在を護り、同じモノを育てたい。
手を繋いでいたい。
笑い合っていたい。
ちょっとくらいなら、叩かれたって構わない。
其れ以上に少年を愛して、愛されて、永く其の存在を感じたい。
其の為に、自分には何が出来るのか。
(考えよう)
唯『役目』をこなすだけの自分はもう卒業。
今の自分には最善を模索し、獣道だって歩む覚悟があるのだ。
「・・・んぅ・・?」
腕の中で少年が薄く目を開けた。
「おや・・ごめんなさいね。起こしちゃいましたか、昶君?」
殴られるだろうかと思いながらも、見るからにぼんやりと寝ぼけ眼で此方を見る昶に笑い、其の滑らかな頬をゆっくりと撫でてやる。
途端に顔を真っ赤に染めた昶は、しかし予想外にも ゴッ と勢い良く自ら此方の胸に顔を押し付けて来た。
其れが頬ずりの類なら、翌日の天気は『槍』で確定だったのだろうが・・幸いか否か、其の行為は寧ろ頭突きだった。
「・・・今のはちょっと苦しかったですよ、昶君?」
「うっさい黙れ喋んな息だけして生きて寝てろ!」
ぼそぼそと一息にまくし立てる彼の耳は、明かりの乏しい中でも真っ赤に見えた。
「はい、判りました。キミの隣で息して生きて、黙ってキミを愛してますね?」
言ってやると、今度は ガバリ と勢い良く此方を見上げてきた。
「お前な・・・危うく顎に一発『良いの』をもらう所だったぞ?」
思わず『素』でぼやく俺。
「うっさいっ、お前本当うっさいっ!」
赤い顔で喚く昶。
「仕方無いだろう。
恋人が真っ赤になってる様に、一々暴れる自分の心音なんざ、静かに聴いてられるもんでもねえよ」
「・・・だったら尚更そんな事、一々教えてんじゃねえよ・・」
洸にはしょっちゅう可愛く笑いかけるのに、自分が一番見慣れていると感じるのは、此の少し拗ねた様に睨み付けてくる顔だという事実に、多少なりとも不満があったり。
(まあ、良いけどな・・とは言え・・・)
「やっぱり不公平じゃありませんか?」
「何がだよ?」
「偶にはワタシにも、素直に可愛く笑いかけてくれませんか?」
まあ、意地っ張りなキミだってそりゃ可愛いんですけどね?
せっかくこうして向き合える存在として、同じ時間に在るのだから。
そんな贅沢も偶にはしてみたい。
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