一冊目

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どんなに深く繋がっても、其の度に相手との壁を思い知らされた。

もっと近くへ。

もっと内側へ。

互いに総て溶け合ってしまえと、祈る様にアイツを抱き締めた。

何度も。

にも拘わらず、アイツは目を丸くして言ったものだ。

「私は白銀と違う存在で良かったと思っているぞ?」

アイツの中で其の事は当然過ぎて、それまで意識する事も無かったのだろう。
そんな顔だった。

「違うから、感じる事が出来るんだ。 愛しい相手の体温、鼓動、呼吸・・声に言葉使い、癖、髪質、瞳の色・・・其の全てが愛しくて堪らない」

そう感じる私は極度の寂しがり屋なのだろうか?

アイツがそう言って首を傾げると、其の長く艶やかな黒髪が、むき出しの白い肩から下に零れた。

「・・・いや、阿呆だな」

む としょげるアイツを、俺はやっぱり抱き締めた。

他に何も知らない馬鹿だったから。





――――『ひとり』ということ ――――














(あの時は恥ずかし過ぎて、本気で阿呆かと思ったんだが・・)

深夜に、隣で眠る少年の、柔らかな髪を撫で梳きながら思う。

大切なぬくもりを感じられる事が如何に幸せか。

直ぐ傍に在る事を許され、此の手で確認さえ出来る事の喜び。

ふと、堪らなくなって柔らかく、しかし強く抱き締めると、寝ぼけた少年はぎゅうと抱き返してくれた。

起きていたら、照れて怒るか、恥ずかしがって怒るかのどちらかだろう。

(『鬼の居ぬ間に』と『知らぬが仏』を掛け合わせた様な・・か?)

「ぬくぬくですねぇ・・」

多くを失い、独り孤独に世界を眺め『嗚呼、もう彼処には戻れないんだな』などと悲観しきっていた自分を笑ってやりたい。

「帰って来ました。此の足で」

『彼』と護り愛でた、繰り返される営みの中。

一際愛しい存在は此の腕の中。

「もう、梃子でも動きません」

何時か、来るかもしれない『別れ』など、踏み倒してやろう。

美しい過去にしがみつき、離れたくないと駄々をこねる自分も、何時の間にか『過去』だった。

気がつけば、ひどく懐かしい『今』にいる。

しかし、 過去と『同じ』ではないのだと知っている。

信じるよりも、疑うよりも、唯 求めていたあの頃。

己の対存在と溶け合う事で同じに成る事を求めた。

眠る少年の瞼に唇を寄せてみる。

此の下に在る瞳と同じ方向を見たいと思う。

隣に在って、此の存在を護り、同じモノを育てたい。

手を繋いでいたい。

笑い合っていたい。

ちょっとくらいなら、叩かれたって構わない。

其れ以上に少年を愛して、愛されて、永く其の存在を感じたい。

其の為に、自分には何が出来るのか。

(考えよう)

唯『役目』をこなすだけの自分はもう卒業。

今の自分には最善を模索し、獣道だって歩む覚悟があるのだ。



「・・・んぅ・・?」

腕の中で少年が薄く目を開けた。

「おや・・ごめんなさいね。起こしちゃいましたか、昶君?」

殴られるだろうかと思いながらも、見るからにぼんやりと寝ぼけ眼で此方を見る昶に笑い、其の滑らかな頬をゆっくりと撫でてやる。

途端に顔を真っ赤に染めた昶は、しかし予想外にも ゴッ と勢い良く自ら此方の胸に顔を押し付けて来た。

其れが頬ずりの類なら、翌日の天気は『槍』で確定だったのだろうが・・幸いか否か、其の行為は寧ろ頭突きだった。

「・・・今のはちょっと苦しかったですよ、昶君?」

「うっさい黙れ喋んな息だけして生きて寝てろ!」

ぼそぼそと一息にまくし立てる彼の耳は、明かりの乏しい中でも真っ赤に見えた。

「はい、判りました。キミの隣で息して生きて、黙ってキミを愛してますね?」

言ってやると、今度は ガバリ と勢い良く此方を見上げてきた。

「お前な・・・危うく顎に一発『良いの』をもらう所だったぞ?」

思わず『素』でぼやく俺。

「うっさいっ、お前本当うっさいっ!」

赤い顔で喚く昶。

「仕方無いだろう。
恋人が真っ赤になってる様に、一々暴れる自分の心音なんざ、静かに聴いてられるもんでもねえよ」

「・・・だったら尚更そんな事、一々教えてんじゃねえよ・・」

洸にはしょっちゅう可愛く笑いかけるのに、自分が一番見慣れていると感じるのは、此の少し拗ねた様に睨み付けてくる顔だという事実に、多少なりとも不満があったり。

(まあ、良いけどな・・とは言え・・・)

「やっぱり不公平じゃありませんか?」

「何がだよ?」

「偶にはワタシにも、素直に可愛く笑いかけてくれませんか?」

まあ、意地っ張りなキミだってそりゃ可愛いんですけどね?

せっかくこうして向き合える存在として、同じ時間に在るのだから。


















そんな贅沢も偶にはしてみたい。


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