Knave Heart

□騎士と覚悟
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05:雨上がりの曇り空



 シークが目を覚ましたのは、それから丸一日経った真夜中だった。
 いつもの癖で辺りを変わった事は無いかと見回し、直前の記憶を辿り、勢いよく起き上がった。
 が、すぐに体は白いシーツに沈む。急に襲う痛みに力が抜けた。動く度痛む腹部に手をあてながら、覚えている限りの事をゆっくりと辿った。

「シーク。よかった、起きたんだ」

 その声の方を見れば、湯気の立つ洗面器を両手に、メニィが部屋の入口に立っていた。
 ここを出ようと言ったはずのその部屋で寝ているという状況に、シークは顔だけメニィに向けたまま問う。

「オレ、いつここに帰って来た?」
「……結構前」
「へぇ……。ん?」

 いつもならきっちりと正確な時間が返ってくるはずなのに。疑問の念を抱いた視線を向けるシークが何を言いたいのかを察すると、メニィは机の上に置いていた金色の懐中時計をシークにも見えるよう手に取った。

「壊れちゃった」

 所々錆び付いている古い時計の蓋はへこみ、昔は輝いていたであろう金は光沢を失っていた。内心本当に動いていたのかと思う程に古いそれをメニィが開けば、中のガラスが粉々に砕けていて、開けた拍子に破片が幾つか光りながら床に落ちた。

「壊れちゃったって……何かあったのか」

 貸して、と時計を受け取る。錆が酷く、ざらついていた。

「シークを迎えに行ったらお店のお客さんとちょっとしたケンカになって」
「故障は?」
「どこも」

 自分は元気だと証明したいのか、肩を回してみたり手を握ったり開いたりを繰り返すメニィの隣で、シークは時計をじっと見つめていた。

「……これでいつも時間見てたのか」
「うん。でももう使えないや」

 曲がった黒い針を見れば、差している時刻は恐らく働いていた店の開店時間直前で。

「お前、店まで来たんだよな」
「うん。雨が降ってきたから迎えに行った。シーク運んだの、僕だよ」

 誇らしげに腰に手を当てるメニィに生返事を返すと、ここで初めて、シークは記憶の途切れる直前の出来事を思い返した。
 ずきりと痛んだ腹部を押さえれば、顔をしかめるシークにメニィは大丈夫? と一言。

 良い人間だと思っていた相手が自分の作っていた人物像とは違っていた。

 言ってしまえばただそれだけの事だが、シークにはそれはまるで信頼していた人間に裏切られたような苦しさといつの間にか彼を信用していた自分への悔しさがあった。

「痛い?」

 空いた右手で背中をさすってくるメニィの問いに、シークは別に、とだけ返した。

「いい人そうだったね。あそこのオーナー」

 その言葉にシークはメニィを見上げた。二つの青い瞳はいつものように無機質でどこか冷たく、先程の発言には何の意図も無い事を知ると、シークは黙って小さく首を縦に振った。
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