Knave Heart
□盗人と機械人間
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01:盗人と機械人間
町は赤く染まっていた。
珍しくもない夕焼け色を路地裏からただじっと見つめる青年は、ふと空を仰ぐ。
日は既に傾いている。背の高い時計台を中心にいくつもの円を描くかのように煉瓦の敷き詰められた広場には数人が残っている。うち二人は親子のようで、今日の夕飯のメニューは、などという他愛もない話をしながら青年のすぐ隣を横切っていった。
「よう、待たせたな」
その数人のうちのまた一人が、こちらに向かってゆっくりと歩いて来る。あたかも昔からの知り合いかのように親しげに声をかけてはきたが、この男の顔を青年が見たのは今を含め、それで二回目だ。
「頼んだものは?」
ポケットに手を突っ込んだまま尋ねる男が目の前に来ると、青年はようやく壁に着けていた背中を離して無言のまま握っていた小さな箱を差し出す。
「お、さすがだな」
箱の蓋を開けると、白いクッションの中できらめく色とりどりの宝石のちりばめられた指輪が一つ。男は感心したようにため息を一つ吐いてそれを奪うように青年の手から抜き取った。
「ほら、依頼料」
その代わりに青年の手に握らせたのは、数枚の紙幣。重なったそれを片手で数えると、青年は少しばかり目を細めた。
「多い」
この場に来て初めて発した青年の声には疑問が含まれていた。すると男は「そう、それなんだが」とそれを待っていたかのように両手を鳴らす。
「俺達の仲間にならねえか?」
お前のその技術は他に渡すには惜しいんだ。などと続ける男の低い声を聞き流しながら、青年は受け取ったうちの三枚を残して他をポケットに突っ込んだ。
「返す」
「つれねえなあ、仲良くしていこうぜ」
馴れ馴れしく肩を組んできた男の腕を手で追い払うと、青年は深紅の瞳を細めて男を睨む。
「とにかく、その誘いに乗る気は無い」
「……へ。噂通りだな、『野良猫』さんよぉ」
渋々と突き返された紙幣を受け取り、『野良猫』と呼んだ青年を改めて見る。
自分より頭一つ分低い背に、顔を見れば紅い目はけだるそうに空を見上げていた。細い体つきに視線を移せば、男は初めて会った時に本当にこんな奴が『野良猫』なのかと驚いたのを思い出していた。
無地の黒い服にジーンズといったありきたりな服装でここへやって来た青年は、それを気にするそぶりなど少しも見せずに、欠伸を一つ。目を閉じて眠そうに開いた口を隠そうともしないその様子は『猫』というのがぴったりだった。