Novel = short=
□◆雨音に誘われて 前編
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「すみません、昶君。今日はマスターに用事があるので、先にバーに行かせていただきますね。」
「おう…わかった。」
「あ、ドッペラーを着けるのを忘れないでくださいね。」
「分かってるっつーの!」
屋上で5限目の授業をサボタージュしている昶に、白銀は『では。』と軽く会釈してその場を後にした。
「おや…?あれは……」
屋上を離れ、バーに向かう途中で白銀が目にしたのは、見覚えがある金髪の少年。
(少し雲行きが怪しいですが、大丈夫ですかね…?)
空には暗雲が募り、湿った空気が漂い始めていた。
『雨音に誘われて』
「…チッ…雨かよ」
学校を出ようとした昶の目の前で容赦なく降り注ぐ雨。
仕方ないので、鞄を傘代わりに走って校舎を出る。
繁華街を走っていたとき、店の軒下で雨宿りをしている賢吾の姿を見掛け、昶は立ち止まった。
「…賢吾?」
「あ…昶……って大丈夫かよ!?びしょ濡れじゃん!」
早くこっち来いよ、と店の軒下に昶を呼ぶ。
今回は昶も『おう。』と素直に従い、賢吾の隣りに避難する。
「…ほら!タオルあるから使えよ」
「ああ、サンキュ…」
賢吾が鞄からタオルを取り出して昶に差し出す。
昶は受け取って、濡れた顔や髪をガシガシと拭く。
「いきなり降って来るんだもん、参るよなぁ…」
「ああ…ったく、降るなら夜からだって言ってたのによ…。天気予報のおっさん、最近耄碌してねえか?」
「あはは!だよなぁ…」
そう言って笑う賢吾の声に、昶はふと違和感を感じた。
横目で見てみると、いつもは何もなくてもニコニコ笑っているその顔は覇気がなく、どこかボヤーッとして降り続く雨を見ている。
それに賢吾の頬は、肌寒さだけが原因ではないような赤みがある。