Novel = short=

□◆Stay with me.
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「ゲホッ、ごほっ!……あー、うぜェ…」

「昶、大丈夫?」

「…馬鹿犬…これが、大丈夫に、ゲホッ…見えん、のかよっ…」

渇いた呼気と掠れた喉、そして額には濡れタオル。

それが今の昶の状態だった。

真っ赤な顔で賢吾を睥睨するが、今の彼の状況では迫力に欠ける。



「夏風邪って馬鹿じゃなくてもひくんですね」

白銀はわざとなのか、それとも本気で驚いているのか分からない口調で言った。

ただでさえ気怠い身体に苛立っていた昶は額に青筋を浮かべて凄む。

「ぶっ殺すぞ白銀…ゲホッ!」

そう。昶は風邪を引いてしまったのだ。

季節は初夏を過ぎ、夏風邪と言っても間違いは無い。

昶は鋭い視線を白銀に移して悪態をつくが、次には咳込んでしまった。

「あっ、ほら!声出しちゃダメだって…はいこれ!」

賢吾は慌てて、ベッドに横たわる昶にストローを挿したペットボトルを渡す。

昶は怠そうにストローを銜えてゆっくり飲んだ。中身はよく冷えた水だ。

「…ん……つか、何でお前が…」

「白銀さんが知らせに来てくれたんだよ。ね?」

賢吾が同意を求めてくると、白銀は微笑みながら頷いた。

「家の人も居ないし、人間の掛かる風邪は私も少ししか知識が無いので…賢吾君に看病をお願いしたんですよ」

昶君だって私より賢吾君の方が良いでしょ?と白銀が耳打ちするように言うと、昶はあからさまに舌打ちした。

「え、何で舌打ちすんの!?
俺が来るの嫌だったのかよ?」

「てかウザイ」

「ヒドッ!?看病しに来た恋人に向かって!」

すっげー心配したんだからね!と詰め寄ってくる賢吾を振り払うように、昶は欝陶しそうな仕草で手を振った。

「うっせ、な……んなもん必要無ェから…さっさと、ゲホッ…帰れよ」

「そんな状態で帰れるわけないだろ!薬飲んだ?」

「…めんどいから…飲んでない」

「じゃあ私が取って来ますね」

そう言って白銀は部屋を出て行く。

「薬は白銀さんに任せて…えーっと、でも薬飲むなら何か腹に入れないと……その感じじゃ何も食ってないよね?」

「食えるか……いい加減、帰れって…ゲホッゲホッ!」

昶が再び咳込むと賢吾は心配そうに手を伸ばした。

「何意地張ってるんだよ。とにかく何か作ってくるから、ちょっと待って…」



「いらねェよ!帰れって言ってんだろ!!」


パン…ッという乾いた音と、そして思いのほか強く室内に響いた声は、賢吾から言葉を奪い取った。

思わず払い退ける手の力が強くなったことも、勢いに任せて鋭くなった声色にも内心驚き、昶は気まずそうに視線を逸らして黙りこくった。


二人の間に沈黙が落ちる。




「…………昶」

「………」

「俺が来たの…そんなに迷惑だった?」

先程よりも弱々しい、賢吾の声。

「……ああ。だから…帰れ」

それに気づきながらも、震える問いに淡々と答える。

また暫く黙って、それから「わかった」と意外にも冷静な声。

瞠目する昶がおもむろに賢吾を見ると、涙を必死に怺えた笑顔が飛び込んできた。

「あ………」




(やばい……)




「ごめんなっ、分かんなくて。もう帰るから…」

「まっ…ゲホッ…!」

焦って再び咳込む昶を余所に賢吾はペットボトルをベッドの傍に置き、ゆっくり立ち上がってドアに向かう。

「水は置いとくから、喉渇いたら飲んでよ」

「けんッ……」

その後ろ姿があまりに寂しげで、昶は必死に手を伸ばした。

「ちゃんと寝てなくちゃ駄目だからな!昶」

早く治せよ、と笑って言い残し、結局賢吾は最後まで振り向かずに部屋から出て行った。

扉の閉まる音が虚しく耳朶を叩き、彼の背に届かなかった手は空を掻いて布団にパタリと落ちた。

「……っ…クソッ」

後悔先に立たず、とは正にこの事だろうと昶は思い知った。
バフンッ、と半分八つ当たり気味にベッドへ思い切り身体を沈ませる。


(あんな泣きそうな面して、何が「ごめんな」だ…)



賢吾がガキみたく意地でも傍に居ようとするだろうと、勝手に思い込んで、自惚れていたのかもしれない。


悪いのは自分だ。

あんな顔をするとは思わなかったし、させたかったわけでは無かったのに。


いつも、1番肝心な部分を伝え損ねる。


しかもこんな身体の自由が利かない時では、追い掛けることも叶わない。


「コホッ…あ゛ー…サイアク」




 
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