Novel = short=

□◆Stay with me.
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「まったくですね。風邪を移したくないなら、そう言ってあげれば良いのに」

突如図星を突く台詞が耳に飛び込んできたのにギョッと目を剥き、昶は勢い良く起き上がる。

すると白銀がいつの間にか部屋に入って来ており、仕方ないと言いたげな視線で昶を見ていた。

「お前いつからっ…ゲホッ、ゲホッ!」

「大声出すと喉に響きますよ、昶君。はいこれ、取り敢えず解熱剤です」

白銀は袋を差し出すが、昶はそれを怪訝な顔で見つめた。

「お前…人間の風邪は分かんねぇんじゃなかったのかよ?何で薬の種類は分かるんだ?」

「だってそう言わないと賢吾君を呼び出す口実にならないじゃないですか」


(…コイツ、殴りてぇ……)


プクッと頬を膨らます姿がかなりカンに障った昶は、目の前の男に冷水をぶっかけてやりたくなった。

「…とまぁ、それは半分冗談ですが」

「……半分は本気か…」

昶が半眼で冷めた視線を向けると、「そんな顔しないでください」と白銀は眉尻を下げた。

「書いてある効能を見れば、私だって薬の判別ぐらいつきますよ。それに、私が頼まなくたってきっと賢吾君は看病しに来ましたよ」

彼は昶君が大好きなんですからと微笑む白銀を横目で睨みつけてから、昶は布団を鼻先ギリギリまで引っ被る。


「…んなこと…お前に言われなくても判ってる」

だから連絡もとらなかったのだから――。


「ならちゃんと説明してあげれば良かったじゃないですか。素直じゃないですね」

「うっせぇッ!…っ、ゲホッゲホッゴホッ!!」

叫んだ拍子に痰が喉に詰まり、激しく咳込んだ。

それを見た白銀は一瞬表情を険しくして、少し思案してから立ち上がる。

「ゲホッ…白銀……?」

「マスターの所に行って咳止めの薬が無いか聞いてきます。たかが風邪程度で『対』を失いたくは無いですから…」

これでも心配してるんですよと、音無き言葉に尖った心が少し静まる。

「…風邪くらいで死なねぇよ…まぁ…頼むわ」

ぶっきらぼうな台詞に白銀は了承の意を込めて笑い返し、ふわりと無音で窓から出て行った。

だがその間際。

「ふっ…この隙に賢吾君を誑し込むというのも有りですね…」

「聞こえてんだよボケェ!!」

てかそれが目的か!?と昶は病の身体に鞭を打ち、渾身の力で目覚まし時計を投げ付けた。




当たったかどうかは定かでは無い。




「……ゲホッゲホッ!…あー、何か余計疲れた…」

熱に浮された身体はぐったりと敷布に沈む。

相当熱が高いようだ。

「…ッ…解熱剤……」

ベッドサイドにある袋にヨロヨロと手を伸ばすと、賢吾が置いていったペットボトルに当たってしまう。

「…あっ…」

その衝撃でボトルは大きくぐらついて床に落ちた。

キャップはしてあったお陰で中身は無事のようだ。



だがそのせいで、胸が鈍痛に苛まれるような、笑顔で覆い隠した涙顔を思い出す。



『ごめんな』




「…あーッ、クソ!」


白銀の言う通り、きちんと話をしてやれば良かったのかもしれない。そうすれば、少なくともあんな顔をさせずには済んだだろう。

滅多にしない反省というものをしてみるが、それで事態が好転するわけでも無い。


(……しんどい思い…させたくねぇだけだったのに…)


罪悪感に苛まれ、更に高熱に支配された脳内は徐々に霞み掛かっていく。それにつれて瞼も段々と重くなってきた。

「…く、すり……」

だが取りたくても身体の四肢には殆ど力が入らない。

手も布団に沈んで指一本動かす気になれなかった。

「……っ…」

まどろみ遠くなる意識の中で、あの一度も振り返ることがなかった寂しげな背中が強く脳に焼き付いていた。




***



沈澱していた意識を引きずり上げたのは、身体中に纏わり付く途方もない怠さだった。



―――熱い。



まるで身体中に火が灯ったように、全身が火照っているのがわかる。

それなのに時折背筋を寒気が襲い、妙に気持ち悪かった。

頭の中心が鉛を入れた様に重い。

(…痛ぇ……喉、渇いた…)

鈍い痛みで頭が朦朧として、焼け付くように熱く粘ついた喉も、まともに思考する材料を奪い取って行く。


「……ッ、…」


痛みを少しでも紛らわせたくて寝返りを打ったら、額に心地良く冷たい何かがやんわりと触れてきた。

「……ん…?」

薄く目を開くと、ぼんやりと目の前に現れた人影。

額に触れているのは、彼の掌だったのか。


(…誰だ……?)


姿を確かめたくても、額に置かれた柔らかく冷たい手の感触が気持ち良くて、また意識が沈みかける。

ひやりとした心地良いソレは、昶の額から頬を優しく撫でた。
何度も何度も、早くも遅くもない一定のリズムで。


すると不思議なことに、次第に頭の鈍痛と身体の火照りが引いていったのだ。



 
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