Novel = short=

□◆Stay with me.
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暫くして不意に離れていったソレを名残惜しく思ったのもつかの間、すぐに濡れタオルが額に置かれていった。

「……あ…」

遠ざかる掌を薄目で見取り、まさかと思った昶は覚束ない手つきでその手を捕まえた。

びくりと伝わる震動に、予感が確信に変わる。


「賢、吾……?」

「あ…っ…起こしちゃった?」

いきなり掴まれた手に吃驚したのだろう。賢吾は目を丸くさせて掴まれた手首と昶を交互に見遣る。

「お前……なん、で…」

賢吾は気まずそうに目線を下げて、それから小さな声で謝罪した。

「…ごめん、やっぱ心配だったからさ。台所借りてこれ作ってたんだ」

『これ』とは、テーブルに置かれた小さめの土鍋だった。
ほこほこと湯気が立ち上っていて、賢吾が蓋を開けると中身は卵粥だった。

「…それ、お前が…?」

「まぁ、一応……あ、熱も上がってきたみたいだから、タオル新しいのに換えといたぜ」

少しは楽になった?と言う賢吾の言葉通り、先程まで熱に苛まれていた身体は比較的落ち着いていた。

見ると床下にはタオルが数枚置いてあって、何度か汗を拭ってくれていたらしい。

「…まだ薬飲んでないんだろ?白銀さんから咳止めの薬預かってるんだ。その…雑炊食ったら、解熱剤と一緒に飲めよ…?」

少しこわごわと、躊躇いがちに言う賢吾は掴まれた手をチラチラと気にしていて、昶と視線を合わせようとしない。

「あ、……ああ」

彼の態度が、己の心ない科白のせいだと分かっていても、昶自身の胸には燻りが生じてしまう。

その為つい情の無い答えになってしまって、二人の間の空気が更にぎこちないものになる。

それをどう解釈したのか、賢吾はやんわりと手を振りほどいた。

「…じゃあ、今度こそ帰るよ…」

賢吾は弱々しい笑みを浮かべながらその場から立ち去ろうとする。

だが昶は。

「!…待て、って…ッ」

「え、ちょっ…うわぁ!?」

何処にそんな力が残っていたのか、焦燥感に後押しされた昶はベッドから身を乗り出して賢吾の手首を掴み、そのままグッ…と力強く背中から抱き寄せた。

そのせいで賢吾は昶に後ろから抱き抱えられる形でベッドに倒れ込む。

(……やっぱり、か…)

掴んだ掌が冷たいのは、何度も水に濡らした証拠。

濡れたタオルで、何回も不快感を拭ってくれていたのだろう。

額に柔らかく触れていたのは、確かに彼の手だったのだ。


「昶?…ど、してっ」

急に密着されて賢吾の頭の中はグルグルと混乱してしまう。

ギュウギュウと身体を締め付けられる息苦しさと恥ずかしさに耐え兼ねて、腹部に回る腕を外そうとすると、逆に昶の方からそっと手を絡めてきて握りしめられる。

握られた手は、先程昶が払いのけた手と同じ右手。


「…行かなくていい……帰らなくて、良いから…」

「あ、きら……?」


喉が焼けつくように熱い。

けれど、『帰れ』と言った時の、伸ばした手を払い退けた時の賢吾の表情が頭から離れなくて。

だから昶は懸命に声帯を震わせて、その一言を漸く喉から絞り出す。

「…っ…此処に居ろ…ッ」

「………!」

まるで懇願するような響きのそれに賢吾は息を呑んで、限界まで目を見開く。

そして次の瞬間、彼の顔は瞬く間に赤で彩られた。

「で、でもッ…」

「…さっきは…その…移したく、なかった…から…」

「昶……」

「だから、…此処に」

居ろと続く筈だった台詞は、おそるおそる握り返された手によって止められる。

「…わ、わかったっ…居るから薬飲もう?な?」

賢吾の肩に感じる吐息は苦しさからか荒く、昶の熱が相当高いことが分かる。

正直、昶の台詞と行為は嬉しい。

けれど解熱の薬だけでも早く飲んでほしいと思って言ったのだが、昶は安堵の息を吐いた後に一度身体を離して、賢吾を自分に向き直らせると今度は正面から抱き込んだ。

「昶!?」

「…後で、良い…それより、手…」

「手!?」

「…おまえ、動揺しすぎ…」

おかしそうに笑う昶は握った手を僅かに緩めて、労るようにその手を撫で摩った。

払い退けた時の事を詫びるように。

「手、痛かったか…?」

「…もしかして、気にしてた?」

「…別に……」

素っ気ない言い方だが、撫でる手は優しかった。



 
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