ハリポタ

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その日、あたしはちょっと寝坊してしまった。
寝惚け眼で時計を見て一気に目が覚め慌てて支度して談話室へ下りたが、そこにはもう他の生徒も、リリーやジェームズたちすらもいなかった。
くそぅ、薄情なやつらめ。
誰か起こしてくれればよかったのに。
それにしてもリリーまでいないのは珍しい。
いつもなら先に行くにしても一声かけてくれるのに。

とにかく、急がなくちゃ。
あたしは転がるように寮から飛び出した。


「おっと」

「ふわっ!あ、シリウス!」


すると太った淑女のすぐ前にいたシリウスに正面からぶつかった。
けっこう強くぶつかってしまったが、シリウスは難なくあたしを受け止めた。


「やっと起きたか。今ちょうど呼びに行くとこだった。」

「え、シリウスが?リリーは?」

「あー、まぁいろいろあってな……」

「?」


シリウスは視線をさ迷わせ言葉を濁した。
こんなシリウスは珍しい。
何かあったのかな。


「とりあえず腹減ったし広間行くぞ。マジで食いっぱぐれちまう。」

「あれ?シリウスまだごはんたべてなかったの?」

「それどころじゃなかったんだよ、マジで……」

「?」


あたしはどうにも様子のおかしいシリウスに頭を捻りながらも、とりあえず促されるまま広間へと急いだ。
その間もシリウスは何と言うか、朝からどっと疲れたみたいな顔をしていた。



******




「……今日はジェームズの葬式か何かだったっけ?」


広間に着きグリフィンドールの席であたしが見たものは、机に倒れこみピクリとも動かないジェームズと、重たい空気を纏って食卓を囲むリーマス、ピーターだった。
リーマスはあたしに気付くと笑顔を浮かべて挨拶してくれたが、どこか元気がない。
というより、青ざめてる気がする。


「リーマス具合悪いの?大丈夫?」

「あぁ、なんでもないよ…大丈夫。」

「リーマスの心配はするのに死んでる僕は無視かいなまえ……」


席についてトーストに手を伸ばすと、机に突っ伏していたジェームズが呻いた。
見れば姿勢はそのままで顔だけを上げて恨めしそうにこっちを見てる。


「ジェームズが大人しく死ぬなんてことはまずあり得ないから。リーマスのが心配。」

「なんて友達甲斐のないやつだ!」


ジェームズはそう大袈裟に嘆いて再び机に倒れこんだ。
友達甲斐がないだって?
人を置き去りにして行っちゃう奴がよく言う………ん?


「あれ?リリーは?」


いつものメンバーの中にリリーの姿だけが見えない。
てっきりみんな広間に居るもんだと思っていたのに。
もうリリーは朝ごはん食べ終わっちゃったんだろうか。

何気ない問いのつもりだったが、あたしはジェームズが固まったのに気付いた。
そして気付いた。
ああ、またコイツ何かやらかしたな。
普段は頭のよく回る奴なのに、リリーのこととなると途端にバカになる。


「……今度は何やらかしたのジェームズ?」

「……………」

「ジェームズ?」


ジェームズは応えない。
机に伏せたままピクリともしない彼は、いつもとはどこか違う。


「あー……いつものことだ。告ってフられたんだよ。こっ酷くな。」


訝しんだあたしがジェームズの顔をムリヤリ上げさせようとすると、横からシリウスが口を挟んでそれを阻んだ。
確かに、ジェームズがリリーに振られるのは日常茶飯事だ。
それでもコイツはめげずにアタックを続けていたのに、こんなに落ち込むなんてのは見たことが無い。


「コイツがあんまりしつこいもんだからエバンズのやつヘソ曲げて先に教室行っちまったんだよ。そうだ、お前追っかけて機嫌とってこい!」

「え?ちょっと待ってよあたしまだ朝ごはん…」

「ほらコレ持ってけ!」


シリウスはトーストに手当たり次第ハムやらレタスやらを挟んで押し付け、あたしを追いやった。
ジェームズは死んでるしリーマスはやはり顔色が悪いし、ピーターはオロオロと視線をさ迷わせている。
やっぱりみんな様子がおかしい。
あたしは不審に思いながらもリリーのことも心配だったので、そのまま広間を後にした。
去り際に一度だけ振り返った時に見えたリーマスの顔は、やはりどこか青白かった。



******



授業開始時間より30分も早い魔法薬学の教室は、まだ生徒どころか教授もいない。
そしてそこにはリリーの姿すらもなかった。


「……あれ?」


何度見渡しても教室内にはひとっこ一人いない。
おかしいな、どこ行ったんだろう。
リリーがいないのなら教室にいる意味もない。
あたしは扉を閉めて踵を返した。

まだ授業までは時間があるのだからどこか別のところに居るのかもしれない。
寮には居なかったし図書室まではちょっと遠い。
じゃあリリーはどこに……


「おや、ごきげんようミス・なまえ。」

「あ、えーと…骨だけニック。」


声をかけてきたのはグリフィンドール付のゴースト、ニックだった。
霞のように朧気な姿で浮かぶ彼は気分を害したと言わんばかりに顔をしかめた。


「ほとんど首なしニック、です。いい加減覚えて欲しいものですな。」


骨だけって何ですか、ちゃんと肉も付いてることくらい一目瞭然でしょう、とニックは憤慨した。
ちなみにこないだは誤って種なしニックと呼んでしまい、呼ばれた本人は1週間口をきいてくれなかった。


「ところで、今日はミス・エバンズと喧嘩でもしたのですかな?」

「へ?リリーとケンカ?」


予想外の言葉にあたしは目を丸くした。
もちろんリリーとケンカした覚えなんかない。
それどころか朝から会ってすらいない。
……あれ?まさかあたしが知らないうちにリリーを怒らせちゃって避けられてるのか?
いやいや違う違う、リリーを怒らせたのはジェームズ!あたしは何もしてない!


「おや、違いましたか。先ほどエバンズ嬢が珍しく涙を浮かべて女子トイレに入っていかれたのを見たので、てっきり……」

「どこの!?」


その時詰め寄ったあたしの顔は、かの血みどろ男爵よりも鬼気迫っていたと、後にニックは語ったという。




******




あたしは廊下を走り、ニックがリリーを見たと言う1階西の女子トイレを目指していた。
あの気丈なリリーが泣いていた。
それだけであたしが焦るには充分な理由になった。


(いったい何やらかしたのジェームズの奴っ!)


息を切らせながら心の中であの間抜けなメガネ男を罵り、あたしは一階西のトイレの前に辿り着いた。
乱れた息を無理矢理整え中に入る。

リリーは洗面台に手をついて俯いていた。
彼女の長い赤髪がその表情を隠していて、泣いているのかどうか分からない。

あたしはそっとリリーに近づいた。


「リリー…」

「!……なまえ?」


振り返ったリリーの目は泣き腫らして真っ赤だった。
リリーのそんな顔は見たことがない。
思わずあたしは狼狽し、その様子を見たリリーは慌てて蛇口を捻り勢いよく顔を洗った。


「やだ、情けないとこ見られちゃったわね。」

「ジェームズに何言われたの!?あんの眼鏡!リリーを泣かすなんて!!」

「違うのなまえ…別に酷いこと言われたわけじゃないのよ……」


あたしはジェームズへの怒りに震えながら、鞄からタオルを引っ張り出して水に濡らしリリーに渡した。
リリーはまだ少し涙の浮かぶ目にそのタオルを押しあて、呻くように話し始めた。


「ねえなまえ、先週の変身学の授業覚えてる?」

「え?えーと……羽ペンをペリカンに変える授業だったっけ?」


授業なんていつも真面目に聞いていないのに、一週間も前のことなんて覚えてるはずもない。
それでも何とか記憶の糸を手繰りおもいだしてみるが、そもそもそれと今リリーが泣いていることと何の関係が?
自信なさげに答えたあたしに、リリーはほんの少し笑った。


「違うわ、変身学に関する法律よ。」

「あー、そうだった……っけ?」


全く覚えていない。
けど、法律関係なんて小難しくてつまんなそうなだったのなら、ほぼ間違いなく寝ていたのだろう。


「マクゴナガル先生みたいに動物に変身する人…つまりアニメーガスは、魔法省への登録が法律で義務付けられているの。でも、でもねなまえ……」


リリーは次の言葉を紡ぐ勇気を振り絞るかのように、一度息を深く吸って、吐いた。
しかしその深呼吸は、また出てきた涙のせいで少ししゃっくりみたいに乱れている。

あたしはリリーの準備が整うまで黙って待った。
と言うより、あたしにはリリーが何を言おうとしているのか何となく予想がついた。


「あたしね、未登録のアニメーガスを知ってるわ。」


そう言ってまた泣き出してしまったリリーに、あたしは何て言えばいいのか分からなかった。

やっぱり、リーマスの件だ。

あたしは泣きじゃくるリリーの肩を抱き寄せ、少しでも落ち着かせようと背中をぽんぽんと優しくたたいてやった。


「りっ、リーマスはどうかわかんないけど……あとの3人は、確実よ…。こないだ練習してるのを見たの…っ」


リリーはつっかえながらも一生懸命に話した。


「いつもみたいに校則を破るのとはワケが違うわ……法律よ?もしバレたら罰則じゃすまないかもしれないのに、あいつら誤魔化してばっかりで……っ!巻き込みたくないなんて、そんな言葉が聞きたいんじゃないのに!」


抑えきれない涙がポロポロとリリーの深緑色の目からこぼれていく。
きっと、長い間誰にも言わずに一人で悩んでいたのだろう。
リリーは優しい子だ。


「…………」


あたしはただ黙ってリリーの話に耳を傾けた。
いや、何も言えなかったんだ。

あたしはリーマスの事情を知っていた。
そのために彼らが違法にアニメーガスわ習得することも。
それでも、最後には全部丸くおさまるのだと知っていたから今までずっと何もしなかった。
満月の日が近づいてリーマスが具合悪そうにしていても、ジェームズたちがこそこそアニメーガスの練習をしていても、あたしは知らないふりをしてた。

放っておいても収まるところに収まるのだから、と。


(そうじゃ、ないでしょ)


自分が何もしなくてもうまくいくから、とかじゃない。
リーマスは今、苦しんでるのに!
ジェームズたちは今、リーマスのために危険をおかしているのに!

見て見ぬふりをしてきたあたしには、何も言う資格がない。

あたしはリリーを抱き締める腕に力をこめた。
リリーがこんなにも悩んでいるのだって、今この時だ。


(まだ、間に合うかな…)


今まで向き合ってこなかったものを、今からでも拾えるだろうか。

あたしはリリーの顔をのぞきこんだ。


「リリー。一度みんなで、腹わって話そう。」


さぁ、清算のときだ。





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