ハリポタ

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”放課後、全員で”


それだけ書いたメモを薬草学の授業中にこっそり前に席に座るシリウスに投げつけた。
メモはコツンとシリウスの後頭部に当たり床に落ちたが、気付いたシリウスがそれを拾った。
中身を見たシリウスは数秒後こちらを訝しげな目で振り返ったが、詳細が何一つ書いていないそのメモの意味が分からないとは言わせない。
あたしはシリウスの視線を数秒受け止めると、授業に集中するふりをして目を逸らした。
今、話すべきことは何もない。
全ては放課後だ。
あたしの意を汲み取り、シリウスも前に向き直った。
ジェームズ、リーマス、ピーターにメモを回していく。
ジェームズは一読で理解し観念したが、ピーターは意味が分からないらしくジェームズに説明を求めている。
そしてリーマスは硬直し愕然と青ざめているのが後姿でも分かった。
その様子を見ると申し訳なさに胸が痛み、決意がぐらついた。
やはりリーマスの心情を慮れば、ムリに首を突っ込むべきではないのかもしれない。
この5年間、彼が必死で隠して守ってきた物に、ほんの数ヶ月前に会ったばかりのあたしなんかがやすやすと触れるべきではないんじゃないだろうか。


(……あたし、今ものすごくズルいやつになってる。)


心なしかいつもより小さく見えるリーマスの背中。
あたしたちの中でリリーに次ぐ良識の持ち主。
いつも周りをよく見て、気遣い、助けてくれた。
時に意地悪なこともあるけれど、それも含めて大切な友達だ。

そんな彼にあたしが今からしようとしていることは、本当に正しいの…?

あたしは両手を組んで皺の寄った眉間に押し当てた。
みんなに言えないことがあるのは、あたしだって同じ。

ふと、組んだ両手に温かいものが触れた。
顔を上げればリリーが心配そうにこっちを見ている。
不安げに揺れる瞳の中には、それでも強い意志があった。
一緒に踏み出すのだと。
けして一人でもなければ、二人きりでもないはずなんだと、言っている。

リリーはにこりと笑った。
その笑顔にあたしの中に巣くいはじめていた迷いが溶けていく。
リリーの笑顔に応えるようにあたしも笑ってみせた。
弱弱しい笑顔になってしまったかもしれない。

これじゃさっきまでと逆だ。
事情を知らない分、リリーの方が不安なはず。
大体、彼らと腹を割って話そうと提案したのはあたしだ。
あたしがしっかりしなくちゃ。

あたしは一度深呼吸して、前に座る彼らを真っ直ぐ見据えた。



******



放課後、あたしとリリーは学校内のある一室でジェームズたち4人を待っていた。
部屋には椅子や机はおろか、家具と呼べるものは何もない。
がらんとした埃っぽい部屋には少しの緊張を孕んだ沈黙だけが転がる。

やがて、部屋の必要以上に大きな扉が重い音を立ててゆっくりと開いた。
あたしもリリーも、その音に伏せていた顔をはっと上げる。

彼らはいつになく神妙な面もちで部屋に入ってきた。
どんなピンチだって不敵に笑って乗り越えてしまう、ホグワーツの悪戯仕掛人。
その彼らの顔から笑みが消えることは、それだけ事態は深刻ということで、そんな顔をさせているのは他でもないあたしたちだ。
その事実がよりいっそうあたしたちにプレッシャーをかけた。


「お前なぁ、集合場所くらい書いとけよ。」

「書いてなくたって分かったでしょ、パッドフット?」


その名前にシリウスの眉がピクリと動いた。
別に彼らが特別なあだ名でお互いを呼びあっていることは誰も知らないわけではない。
彼らは時に他人の前でも公然とその名を口にしているが、その名は彼らの間だけのものだ。
あたしは今から彼らだけの領域へ踏み込むのだという意味をこめて、その名を呼んだ。


「あんたたちには地図があるんだから、あたしたちがこの部屋にいる事くらいすぐわかる、でしょ?」

「地図?なんのことだい?」

「とぼけないでよジェームズ、今さら地図の事なんて隠す意味もないでしょ。」


ジェームズは降参とでも言うように両手を軽く上げた。
その右手には忍びの地図がある。
集合場所を書かなかったのは、彼らがそれを頼りにこの場所を見つけると分かっていたからだ。


「まいったな、あのなまえがこんなに冴えてるなんて。フェリックス・フェリシスでも飲んだのかい?」

「あたしはいつでも冴えてるっつーの。」

「地図のこともだけど、この部屋のことを君たちが知っていたことにも驚きだよ。」


ため息をつくジェームズにあたしは得意げに笑って見せた。
ホグワーツに来てまだ日は浅いけれど、あたしには本で得ていた知識がある。
それに5年間ここで過ごしたリリーの土地勘が合わされば、この城で分からないところなんて無い。
この必要の部屋も、あたしの知識を元にリリーと一緒に探し当てた。


「……避けて通れないかな?」

「それは今から判断することだよ。」

「私たちはムリに秘密を暴きたいわけじゃないわ。答えられないのなら、そう言って。」


リリーが真剣な面持ちで言った。
いよいよだ、と男性陣の表情が強張る。
その中でもリーマスは可哀想なくらい青ざめていた。


「違法行為をしてまでアニメーガスを習得しているのは、なんのため?」


リリーが核心をついた。


「…ホントに勘弁してくれよリリー、君を危険にさらしたくないんだ。」

「おい、あたしは?」

「シリウスにでも聞いてみたらどうだい?」

「トドメか!シリウスが気の利いたこと言えると思ってんのか!」

「んだとコラ、俺だってなぁ…」

「茶化さないでジェームズ。」


脱線しかけていた空気をリリーが修正した。
どっちかと言えば今脱線させてたのはあたしだったけど。
真剣な顔をしている彼女に習い、あたしもコホンと咳払いをひとつして威を正した。

何とか誤魔化す方法を模索しつつもそれが難しいと悟ったジェームズやシリウスが気まずそうに俯く中、以外にも最初に言葉を発したのはリーマスだった。


「はは、まいったなぁ。気付かれちゃってたなんてね。」


それまでジェームズたちの後ろに隠れるように立っていたリーマスは、そう言いながら前に出てきた。
一見いつもどおりのリーマスだけど、その顔に浮かんでいるのはまるで剥がれないように慎重に取り繕ったような笑顔だった。
リーマスはそのままいつものイタズラを白状するかのような口調で続けた。


「アニメーガスの習得に特にコレといった目的なんて、ないよ。いつものおふざけと同じ。ただリスクを冒してスリルを味わいたいだけさ。アニメーガスは習得しとけば何かと使えるしね。」

「………リーマス」

「大体、僕が何か隠していたとしてそれを君がどうこう言う資格はないよね、なまえ?」

「…………」


リーマスが最後まで隠し通すつもりなら、あたしもそれ以上追求するつもりは無かった。
あたしにそんな資格はない。
そんなこと、あたしが一番よく分かってた。
あたしだってみんなに秘密にしてることは一つや二つじゃない。

それでも実際面と向かって本人にそれを言われると、全身から力が抜けたような、まるであたしの立ってるところだけ床が抜け落ちたような奇妙な感じがした。


「おいリーマス、そんな言い方ねぇだろ。」


シリウスがリーマスを諌めた。
その声がハッとあたしを現実に引き戻す。
何ショック受けてるんだ、あたし。
このくらい言われることは覚悟のうえで、彼らと向き合うと決めたはずなのに。
シリウスは尚もリーマスに突っかかり、リーマスは煩わしそうに顔をしかめている。

あたしは意を決して口を開いた。


「シリウス、やめて。リーマスの言うとおりだから。」


二人の言い争いは本格的なケンカになる直前で止まった。
シリウスは自分がかばっていた張本人に止められるとは思わなかったらしく数秒固まっていた。


「だからってよ……」

「いいから。リーマス、確かにあたしにはリーマスが隠し事してるのとやかく言う資格ないよ。」

「…………」


まっすぐにそう告げると、リーマスはバツが悪そうに目を逸らした。


「あたしだってみんなに隠し事してる。
でもさ、みんなあたしがそれで悩んでる時に気にかけて、隠し事してることも含めてまるごと受け入れてくれたでしょ?
それがあたしはものっすごく嬉しかったの。」


距離を置こうとしたあたしをシリウスが、みんなが追いかけて引き止めてくれた。
だからあたしはまだここに居られる。
あたしは目を逸らしたままのリーマスに一歩近づいた。
ジェームズの表情が自然と険しくなる。
おそらく、拙いと判断したら多少ムリヤリにでもこの話を打ち切りにするつもりだろう。

ここまで来たんだ。
伝えるべきことは最後まで言わせてもらわなきゃ。


「秘密があるなら、あるでいいよ。でもあたしたちの知らないうちに大怪我したり魔法省にしょっ引かれたりなんてのはカンベンして。」

「…………」


そうあたしが言い終えると室内はそろりとした静寂に包まれた。
言うべきことはこれで全部。
これを受けてどう出るかは全て彼ら次第だ。
まぁ、全部話してくれてもくれなくてもどっちでもいいんだけど…。

と言っても、実のところを全部知ってるあたしが一人で勝手に満足しちゃっててもしょうがない。
もともと、この話し合いはリリーが彼らの隠し事に関して何らかの形で納得して初めてその本来の意味を成すんだ。
くるりとリリーの背後に回り、その背中をぐいぐい押した。


「はい、じゃあこっからはリリーのターン!あたしと違ってやましいことのないリリーに責められてたじたじしてしまえ!」

「ちょ、なまえったら、あたしだって別に責めたりなんかしないわよ。それに大体なまえと同じようなこと言おうと思ってたからもうほとんど言うことないし…」

「いや、もうこの際だ。言いたいことあるなら全部言ってくれ。答えられる範囲で答えるよ。」


今まで成り行きを傍観していたジェームズが一歩前に出た。
軽く挙げた手がまるで降参と言っているようにも見えた。


「ジェームズ!」

「大丈夫。心配しないで任せてくれよ、親友。」


ジェームズはリーマスの肩を軽く叩いた。
彼にそう言われてしまってはリーマスはもう大人しく引き下がるしかない。
それはジェームズが長い年月と誠意をかけて勝ち得た信頼ゆえだった。
それでもリーマスはまだ少し納得がいかないような様子だ。


「まぁそうだな。後々変にしがらみが残ってもおもしろくねぇし、気になること全部聞いてもらえよ。その代わりこのことについての質問は無しってことでいいんじゃねえ?」

「ぼ、僕もそう思う……。」


シリウス、ピーターもジェームズに賛同した。
リーマスはまだ何か言いたそうだったが、ぐっと言葉を飲み込みあたしたちに背を向け、部屋の隅にあったソファにドカッと座った。

いつも温和なリーマスの明らかに不機嫌そうな態度を初めて目の当たりにしたあたしとリリーは、本当に続けて良いものなのかと躊躇いがちにジェームズに視線を送った。
それに気付いたジェームズは苦笑しながらも手を差し出し、リリーに発言を促した。
そしてリリーは怯みつつも気を取り直し、言葉を続けた。


「えっと…あたしも別に言いたくないことまでムリに聞き出すつもりなんてないわ。ただやっぱり法を犯してるわけだから心配で……」

「僕らも可能な限り慎重に動いてる。発覚の可能性は低いよ。それに僕たちはまだ未成年だ。バレたってそこまで重い刑は科せられないさ。」

「でもやっぱり、危険なことをしているんでしょう?」

「リリー、これだけは誓って言うよ。僕ら4人の誰一人として大怪我するようなことはしていない。全員が万全の体制で臨んでるんだ。危険な目に遭う確率なんて宝くじに当たるより低いくらいさ!」

「う…。そ、そうなの?」

「んー……」


リリーは困った顔であたしを振り返り助け舟を求めてきた。
リリーの筋の通った理論攻めでちょっと男共をたじたじにさせてやろうと思ってたのに、逆にリリーがたじたじだ。
リーマスの態度に動揺しているとはいえ、本気になったジェームズには付け入る隙が無い。
さすが悪戯仕掛人のリーダーと言ったところか。

ただただ感心するばかりで助けを出さないあたしにヤキモキしたのか、あるいはあたしはアテにならないから自分でやらねばと腹をくくったのか、リリーはキッと意を決したようにジェームズに向き直った。


「じゃ、じゃあ!もうひとつだけ!これで最後よ!」

「ああ、なんでも聞いておくれよ。」


楽勝だと踏んだのか、ジェームズはもはや涼しい顔で微笑まで浮かべている。
あたしもこれで一件落着かなと、いつのまにかガチガチに固まっていた体から力を抜いた。


「リーマスが満月の夜に姿を見せないのは…関係があるの?」


その瞬間、ジェームズの顔が僅かに強張ったのをあたしもリリーも見逃さなかった。

リリーの頭の良さを見くびっていた。

それを聞いたって事はきっとリーマスの秘密にうすうす感づいている。
そして今のジェームズの動揺で、それが確信に変わったはずだ。

マズい。
そう直感したのと同時にシリウスが怒鳴るようにリーマスの名を呼ぶのが聞こえた。

ジェームズの肩越しに、立ち上がったリーマスが見える。
感情を殺した瞳をもたげ、ゆっくりと左腕を上げた。
その手に握られた杖先が、淀むことなくリリーを狙う。

ジェームズが振り向くのも間に合わない。
彼が状況を把握する頃にはきっともう全て終わっている。
あたしは考える間もなくリリーの腕を引いた。


「オブリビエイト!」


バランスを崩し倒れるリリーを逸れて、魔法の光があたしの胸を貫いた。
ドンと強く胸を押された感じがして、あたしはそのまま後ろ向きに倒れていった。

意識は既に朦朧とし始め、何とも言えないふわふわとした気分に支配されていく。

すべてがスローモーションみたいに見える中、誰かの手があたしを抱き止めるのを感じていた。



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