ハリポタ

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「いやぁ、ミス・マルフォイ!君の思考は本当に興味深い!」

「はぁ…」

「先週のレポートはとても斬新だった!長年教師をやっているが、あんなことを書いてきたのは君が初めてだよ!」


食堂でジェームズたちがピーターのクィディッチ選手のフィギュアに夢中になっている頃、あたしはスラグホーン先生に捕まってしまっていた。
テラス近くのテーブルにグラタンを発見し、それを自分の取り皿にたっぷりと盛り付けるのに一生懸命になって、スラグホーン先生が近づいて来るのに気付かなかったのだ。
あたしのばか。


「金の炎を作るのにまさか生ける屍の水薬を火にくべるなんて、一体誰が思いついただろうか!マグル学の教授に聞いたのだがあれは燃色反応と言うそうだね?魔法とマグルの知恵の複合と言える!まったく新しい試みだ!」

「そんな大層なものじゃ…」

「はっはっは!謙遜はやめたまえ!」


スラグホーン先生は豪快に笑いながらあたしの背中をドンとたたいた。
その衝撃であたしは危うく持っていたお皿を落としそうになった。

どうやらあたしが今日ここに呼ばれたのは、先日の魔法薬学のレポートがスラグホーン先生の目にとまったかららしい。
何だったかは忘れたけれど薬の煎じ方を述べよみたいなレポートで、その過程で金の炎を起こす必要があった。
しかしリドルに訳してもらった教科書を何度読み返しても金の炎に関する記述はなく、途方に暮れたあたしはふと、卿の家で薬品を燃やして花火みたいにして遊んだことを思いだし、これだとばかりにその方法をレポートに記したのだった。

その時は卿の屋敷での経験もたまには役に立つものだと思っていたのに、こんなところで裏目に出るなんて。
やっぱり卿は疫病神だ。


「しかしあの水薬を煎じるのに要した労力を考えれば、私なら到底火に投げ入れようなどと思わない…いやいや、そんなことに囚われていては進歩など望めないということか。
マルフォイ家という恵まれた環境も一役買っているのだろう。」

「いや、あの時はあの薬の価値とか知らなかったんで。今はフツーに勿体ないと思います。」


先生は尚も見当違いな大絶賛を続けた。
思ったとおりこの人に捕まると長い。
あたしは助けを求めるべくさりげなくリリーを探したが、スラグホーン先生の恰幅の良い体越しに見えた彼女はセブルスとおしゃべり中だった。
よりによってセブルス。
これが他の人なら何とかさりげなくリリーの所へ逃げようと思ったのに!


(できない!セブルスの貴重な幸せな時間を奪うなんて!)


くそぅ!ほんのり嬉しそうな顔しやがってセブルス!
あたしと話す時はそんな顔しないくせに!
妙な嫉妬を覚えながら他に逃げ出す口実を探していると、窓の外で何かが動いたのが目に留まった。


(ん?)


目を凝らすとベランダにかかるほどの立派な枝振りの木が不自然に揺れた。
誰もかも談笑に夢中で気付いていないようだが、あたしはその正体に気付いた途端、驚きの声をあげそうになった。


「す、すいません教授!えーと…あ、あたしちょっと人に酔っちゃったみたいなんで外の空気吸ってきます!!」

「人に酔う?君がかね?」

「すぐ戻りますんで〜。」


かなりムリヤリで不自然な言い訳だったとは思うけど、あたしはなんとかスラグホーン先生の束縛から脱することができた。
でも「君がかね?」って何だ。あたしはそんなにデリケートそうには見えないとでも言いたいのか。
どこか釈然としない気持ちを抱えたまま、あたしは人の波を掻き分けていそいそとベランダへと向かった。
大きなガラス戸を押し開けると冷たい夜の風が髪を浚った。


「……よぉ。」

「よぉ、じゃないよ。なんでこんなとこにいんの。」


木を揺らしたものの正体―シリウスは、招待客でもないのに、いるのが当然という顔でベランダの欄干にもたれ掛かっていた。
あたしはそのふてぶてしさに呆れながら、他の人に見つからないように彼を死角へと押しやった。
招待状を受け取った生徒以外は立ち入り禁止のパーティだから、見つかったら減点されかねない。
こんな時に限って透明マントも持ってきてないんだから、こいつは。


「やっぱりパーティの御馳走が羨ましくなった?でもさすがに中入ったらバレちゃうでしょ。透明マント持ってこればよかったのに。」

「お前と一緒にするなっての。そんな理由でいちいち来るかよ。」

「じゃあ何で……」


シリウスはカバンの中から何か取り出して、それをあたしにずいっと突き出した。
ぱっと見、くしゃくしゃに丸めた羊皮紙にしか見えない。


「……何これ。」

「ココナッツプディング。」

「え!?」


押し付けられた包みをそっと開いてみると、それはシリウスの言う通りココナッツプリンだった。
あたしはにわかに信じられず、プリンの容器とシリウスを交互に見つめた。
シリウスは居心地悪そうに脚の組み方をしょっちゅう変えたり、伸びた葉っぱを引っ張ったりしていたが、あたしの視線に気づくと不機嫌そうに口を尖らせた。


「…何だよその顔。」

「わざわざこれを渡すためだけに来たの?」

「お、俺は優しいからな!好物にありつけないお前が不憫だからしょうがなく……!」


シリウスの言葉は尻すぼみになり、最後の方はよく聞こえなかった。
夜風がふわりと吹いて微かに甘い香りが舞い上がる。
実に数ヶ月ぶりの大好物は自然とあたしの口元をほころばせた。


「へへ、うれしい。ありがとシリウス。」

「お、おう。」


シリウスは明後日の方向を向いて照れくさいのを誤魔化すように後ろ頭に手をやった。
まるで、いつも憎まれ口ばかりたたいてるけど母の日に思いきってカーネーションを買ってきたやんちゃ坊主みたいだ。
言われ慣れていないありがとうにドギマギする姿が、なんだかかわいい。

あたしはシリウスの隣にもたれかかり、さっそくプリンにスプーンを差し込んだ。
掬い上げた白いプリンはパーティー会場の光を反射してきらきら光ってる。
口に入れれば気分は南国だ。


「ん〜!おいしいっ!ホント毎日でも食べたいくらいなのに何で滅多に出してくれないんだろ…。」

「南国の物だから材料が手に入りづらいんじゃねぇの?マンゴスチンだってなかなか出ないだろ。」

「シリウスはマンゴスチン好きだもんね。あ、でもバナナはよく出るじゃん!同じ南国の果物なのに!」

「そりゃあバナナだからだろ。」

「バナナだからか…。」


実際はもっとちゃんとした理由があるのだろうけど、シリウスが言うと妙に説得力があった。
でも冷静になってよく考えれば、やっぱり南国産だからという理由は違う気がする。
だってバナナのほかにパイナップルだってよく食卓に上るし、それに、えーと……


「よく考えたら南国の果物って食べたことない物のほうが多いかも。ドラゴンフルーツとかグァバとか。」

「まぁその辺は地元じゃないと売ってなさそうだよな。」

「地元かぁ…南国いいなぁ。ココナッツプリン食べ放題じゃん。」

「食べることばっかだな、お前。」

「なによ!じゃあシリウスは南国行ったら何すんの?」

「色々あるだろ。マリンスポーツとか。」

「あ、それいい!あたしダイビングしたい!!」

「やめとけ、お前は流されそうだ。」

「ちょっとそれどういう意味!…あぁ、あたしってば体重軽すぎてってことか。」

「トロいからだよバカ。」

「シリウスなんかサメに大事なとこ食いちぎられてしまえ。」

「おまっ!なんつーことを……プディング返せ!」

「もう食べちゃいましたー。」


空になった容器をぷらぷらと振って見せると、軽く頭を叩かれた。
女の子に何て事を。


「あーあ、そんな話するから行きたくなってきちゃったじゃん、南の国。」

「お前が始めた話だろうが。」

「そういやシリウスは夏休みどっか旅行行ったりしたの?」

「今年はほぼずっとジェームズの家にいたな。」

「なにそれいいな!お泊り会楽しそう!!あたしなんかこの夏サイアクだったよー。こんなワケ分かんない体質にされるし、扱い酷いし、海に行きたいって言ったらビーチじゃなくて絶海の孤島に連れてかれるし……」


卿の屋敷にいた頃の理不尽な対応の数々を思い出すと、なんかだんだん腹が立ってきた。
改めて思い返すとホントにあたしはよく耐えたと思う。


「南国…行きたいなぁ。」


突き抜けるような青空にコバルトの海、極彩色の珊瑚礁や熱帯魚。
きっと全てがきらっきらで、正に卿とは正反対だ。


「行くか?南国。」

「え?」


それは「コンビニ行くか?」くらいの軽いノリで、あたしは聞き違えたのかと自分の耳を疑った。


「来月はもうクリスマス休暇だし、南半球なら夏だし、みんなで旅行ってのもいいんじゃねえの?」

「いやいやいや、さすがに遠くない?」


友達と旅行でディズニーくらいなら行ったことはあるけど、海外なんて遠いところに未成年だけで行って大丈夫だろうか。
お金だってそんなに持ってるわけじゃない。
不安そうに聞けばシリウスは呆れたように言った。


「ばっか。んなもんポートキーでも煙突飛行でも使えば関係ないだろ。」

「あ、そうか!」

「何のための魔法だよ。頭使え。」

「腹立つけど今はじめてシリウスが賢く見えた。」


目から鱗が落ちる思いだった。元の世界だったら高いお金を出して飛行機に乗っての大旅行だけど、ここなら魔法を使えば遠い南国に日帰りでだって行けるんだ。
簡単に手の届くものなのだと分かると、あたしは急にわくわくしてきた。
そうだ、あたしはあの屋敷を出た時から何処へだって行けるんだ。


「じゃあ行こう!南国!どこがいいかなぁ!ハワイ?グアム?」

「落ち着けって。時間はあるんだし、何なら全部行ったって構わねえんだ。」

「あたしホントに魔女になってよかった!!じゃあとりあえずリリーにも……」


そこまで言いかけて、あたしは誰かが中から手を振っているのに気付いた。
エルバートだ。


「やばっ。シリウス隠れて隠れて!」

「おい押すなって!」


あたしは慌ててシリウスを奥へと押しやった。
今は角度的にエルバートからシリウスは見えないが、エルバートがベランダに出てきたらもう隠れる場所は無い。


「じゃああたし戻るから!プリンごちそうさま!」

「あ、おい!」

「旅行の計画、練っといてね!」


手を振ってそう言い残し、あたしは早足で戻って外に出ようとしていたエルバートの前を塞ぐようにして急いで中に入った。
視界の端にシリウスが木を伝って降りていくのが見えた。


「こんばんはエルバート!」

「こんばんは、なまえ。気分が悪いって聞いたけど大丈夫?」

「うん、外の空気吸ったらよくなったから。」


間一髪、シリウスの存在には気付かれなかったらしい。
あたしはそのままさりげなくエルバートを中へと押し戻した。


「今回のスラグ・クラブはいつもより人が多いからね。疲れてしまうのも無理はないよ。」

「あぁ、エルバートはこのクラブの常連だっけ。」

「ここで得た人脈は卒業してからも役に立つからね。せっかくだからなまえも積極的に参加したほうがいいよ。」

「えー、あたしはいいよ。料理は美味しいけど、こんな頭良さそうな人たちの中にいても浮いちゃうし…わっ」

「おっと。」


話の最中、体格のいい男子生徒と肩がぶつかった。
別に転んでしまうほどの衝撃ではなかったのに、エルバートは紳士的に手を伸ばしてあたしの体を支えてくれた。
今まで周りにこんな人は居なかったからかもしれないが、彼のこういうさりげない優しさはいつもあたしをドキドキさせる。


「大丈夫?」

「う、うん。ありがと…」

エルバートに優しく微笑まれ、あたしは何だか恥ずかしくなってその腕からそそくさと離れようとした。
しかしエルバートは何故かあたしの腕を掴んだまま離そうとしない。
その顔には紳士のような笑みが浮かべられたまま。


「…本当に今日は人が多いね。もう少し静かなところへ行こうか。」

「え、でも……」


静かなところ、という言葉に少し引っ掛かりを覚え、あたしは躊躇った。
エルバートはそんなあたしの不安を読み取ってか、幼子を宥めるようにまたにっこり笑った。


「大丈夫、少し休んだらまた戻ってこればいいから。ね?」

「……………」


引っ掛かりはまだ消えない。
それでもエルバートの誘いを断る明確な理由が見つからなくて、あたしは結局こくりと首を縦に振った。
エルバートは「決まりだね」と言うと腕を掴んでいた手を下へと滑らせ、あたしの手を引いて歩きだした。

その笑顔は、やっぱり誰かに似てる。

でもこの時のあたしは、それが何か分からなかった。




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