ハリポタ2
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『なにココ……おっさん、だれ?』
魔方陣から出てきた‘あたし’は呆然と目の前に立つ卿を見上げて言った。
だれ、はこっちの台詞だ。お前こそ誰だ。
なぜあたしと同じ顔で、あたしの高校の制服を着てるのか。
卿は‘あたしの’問いには答えず、ただ冷ややかに目の前に現れた少女を見下ろしていた。
『…失敗か。』
『え…?』
言いながら卿はスッと杖を‘あたし’に向けた。
その瞬間、状況を把握したあたしは咄嗟に声を上げようとしたが、それはあまりにも遅かった。
『アバダケダブラ』
卿の冷たい声が部屋に響き、たった今この世界に喚ばれたばかりの‘あたし’に緑の光が放たれた。
そしてようやくあたしは理解した。
これは過去だ。
あたしは過去を見ているんだ。
あの緑の閃光に貫かれて、あたしは最初の死を経験する。
そう思った瞬間、閃光はバチンと大きな音をたてて爆発したように見えた。
「!?」
突然の大きな音に驚いてあたしは思わず目をつむった。
なんだ今の。
死の呪文ってあんな音がするものだったっけ?
目を開けるのと同時にどさりと重いものの落ちる音がして、やはり‘あたし’は絶命していた。
自分の死体を見るのは気分が良いものじゃないな。
『出てきたのはマグルの小娘一匹…やはり術はデタラメだったか…。』
あたしの死体を蹴り転がしながら卿が言った。
「あ!ちょっと卿!人の体になんてことしてんの!っていうかそんなことしてたのか!!」
なんてやつだ。戻ったら断固抗議だ。
相手に声が聞こえない、触れない状態でやり場のない怒りを持て余していると、さっきまで消えていたリドルが再び現れた。
『とんだ無駄骨だったね。』
『何、この術が使えんと分かっただけ収穫だ。目的のためなら労力は惜しまんさ。』
「はー、ご立派。そのエネルギーをもっと世のため人のために向ければいいのに。」
卿はリドルとああでもないこうでもないと悪いこと談義を始めてしまった。
そんな話にはちっとも興味がないあたしは、いまだ横たわる‘あたし’の傍にしゃがんでみた。
うーん、自分で自分の死体を眺めるって何だか変な感じ。
幽体離脱ってこんな気分なんだろうか。
あ、あたしってこんな所にホクロあったんだ。
滅多にない機会だと思ってまじまじと自分の体を観察していると、ピクリとその指先が動いた。
あ、起きる。
そう思った瞬間‘あたしは’ヒュ、とのどを鳴らし盛大にむせた。
機能を停止していた肺に再び空気が送られてたのだ。
『ゴホッ、ゲホッ!』
『!?』
死んだはずの‘あたし’が発した音に卿とリドルは目を見開いた。
よろよろと力なく‘あたし’が上体を上げ、再度目の前の男を見上げる前にリドルは消えた。
卿が注意深く‘あたし’を観察している。
死の呪文を受けたにもかかわらず、このマグルは再度起き上がった。
その事実に興味を示したのだ。
『な、何が……』
『…ふむ。』
事態を把握できない‘あたし’が不安そうな目で卿を見上げる。
卿は大股で一歩‘あたし’に近づくと、くい、と杖であたしの顎を上げさせた。
『死の呪文を受けてなお立ち上がる、か。なるほど、この術も全くの無駄というわけでは無さそうだ。』
『え?何それ英語?うわマジか。カンベンしてくださいよ…あいどんすぴーくいんぐりっしゅ!』
当然ながら、まだ翻訳機を貰っていない‘あたし’は英語は理解できない。
拙い英語で話せないと主張する‘あたし’に卿は面倒くさそうにため息をついた。
『日本人か。』
『あ、なんだ日本語喋れんじゃないですか。』
卿は語学も堪能だ。腹立たしいことに。
『いいか、貴様の下らん質問にいちいち答えるつもりはない。貴様は今日から俺様が飼ってやる。』
『あれ、おかしいな。やっぱ別の言語か。なんかワケわかんないこと言ってますよ。』
『精々、愛想を尽かされんように励むことだな。』
まぁなんて尊大な態度。
言いたいことを言い終わると卿はリドルの日記を持って、‘あたし’を残し部屋を去ってしまった。
まだ卿の俺様っぷりに免疫のない‘あたし’は返す言葉も出ずにただ呆気に取られていた。
この後、確か死喰人が来て部屋を与えられ、少ない情報の中、何とか自分がハリポタの世界に来てしまったということを知るんだったはず。
最初のころはそれはもうホームシックにだってなりもした。
「がんばれあたし。先は長い。」
届かないエールを送り、あたしは卿を追って部屋を出た。
壁もドアも関係無しに通り抜けられるのはなかなか便利だ。
ついでに飛べでもしたらもっと楽しかったのに。
卿は自室に戻ってリドルと話していた。
あたしのことは誰にも見えないけれど、何となく息をひそめてコッソリと二人に近づいた。
『死の呪文の無効化か、あるいは時間の巻き戻しか…まだ仮説をたてるほどの情報も無いな。』
『とにかく色々試してみればいいじゃない。』
『まぁそう焦るな。せっかくの貴重なサンプルを雑に扱ってみすみす死なせてしまうのも惜しいだろう。まずは観察からだ。』
人のことを完全にモルモット扱いだ。
卿ってばあたしのことそんな目で見てたのか。知ってたけど。
『あれは不死への…俺様がより完全な存在になるための手がかりになるやもしれん。』
卿は手を伸ばし何かを掴むように空を握った。
『だからってあんなのを傍に置くの?』
リドルが少し不満そうに言った。
いくら有益かもしれなくても、あの召喚された人間がマグルであることには変わらない。
マグル嫌いの彼にはそんな人間が傍にいるのはかなり不快なのだろう。
『なに、無用のものだと分かったらすぐに…』
卿は手元にあったメモを眺め、不必要と判断したのかぐしゃりと握り潰した。
そして手から魔法の炎を出して灰も残さず燃やしてしまった。
『…捨てればいいだけの話だ。』
ぞくり、背中が寒くなった。
分かってた。
卿は利用価値の無いものを手元に置いたりしない。
だって卿は闇の帝王だ。
でもこの冷たい目、冷たい言葉、冷たい表情。
目の当たりにして、直接耳で聞くと恐怖が胸のうちを満たす。
部屋を出よう。
そう思った瞬間、ザザッとまるでテレビの砂嵐のように景色が掠れて歪んだ。
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