ショート2

□夜叫鳥
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審神者たちに使役される付喪神は今日も時間遡行軍と戦う。
数多の本丸にいる刀剣男士たちはそれぞれの練度に合わせて様々な時代の様々な戦場に送りこまれている・・・らしい。
らしい、というのはそれが俺たちにとって伝え聞かされるだけの話だからだ。
俺たちの本丸は少し特殊だ。

「おっかえりー」

戦の報告をしに来た俺を軽妙な調子で迎えたこの少女がこの本丸の主。ひいては俺の主だ。俺はひらりと手を振って「おう、ただいま」といつものように主の執務室に入った。開け放った空間が好きな主のために、障子戸は開けたままにしておく。そうするとそこから入る日の光で主の姿は一層眩しく映える。それを見るのが俺は好きだ。
その下には本当にちゃんと血が通っているのかと疑いたくなるほど彼女の肌は白く、ぬばたまの黒髪はそれをさらに際立たせ、身体は水辺に揺れる葦のように細く頼りない。そんな深窓の令嬢のような見た目とは裏腹に彼女はなかなかにお転婆で、この俺さえも驚かすほどのやんちゃや悪戯をしては歌仙に怒られることもしばしばだ。

「今日も戦果は上々。勝手知ったる戦場だ。もう目をつぶってても敵将を討ち取れるぜ。」
「頼もしいね。じゃあ次の出陣、鶴丸は軽騎兵の代わりにアイマスク装備しよう。」
「そりゃあ良い。驚きの結果を報告できそうだ。」

お互い茶化したが、実際視界を奪われたとしても敵に後れを取るとは思えなかった。日々いくつもの戦場をまたに駆ける他の本丸とは違い、うちの本丸が出陣する戦場はただ一つ。
大正時代。
刀が時代の表舞台から去って久しいその時代の、とある名士が治める小さな村が俺たちの唯一の戦場だ。和泉守や堀川国広の縁の地である函館も、かの三日月宗近がおわすという厚樫山も、俺たちは行ったことが無い。何度も何度も、来る日も来る日も、俺たちは大正時代に出陣する。
他の本丸がそうでないということを知った時、主になぜかと尋ねてみた。だが返ってきたのは、ただこの本丸はこういう役目なのだ、という漠然とした答えだった。


*****


(だが、こう毎日同じ場所での戦の繰り返しはつまらんな。)

襲い掛かってきた敵の太刀を返り討ちにしながら俺はぼんやりそんな事を考えていた。今日も今日とて俺たちが出陣するのは代わり映えもしない同じ戦場だ。最後に残った薙刀にとどめを刺して、今日の出陣は終了。さて本丸に帰還するか。

「鶴丸殿。」
「おお、前田。怪我はないか。」

前田藤四郎は初期の頃から本丸にいる刀剣だ。夜戦や室内戦などの短刀が活躍できる場の無い中で、その働きぶりは太刀や打刀に劣らない。
だが俺はその腕が珍しく血で濡れているのを見つけた。

「不覚を取りました。・・・面目ない。」

前田は恥じるように怪我を隠した。

「いや。珍しいな、君が負傷するなんて。」
「情けない話です。敵の刃を受けきれませんでした。」

そう言って前田は悔しそうに俯いた。真面目で責任感のあるのはこいつの美点だが、こんな些細なミスで落ち込むのはいただけない。俺は何か気の利いた言葉でもかけてやろうと口を開きかけた。が、それは前田自身によって遮られた。

「鶴丸殿、何だか最近敵が強くなってきている気がしませんか?」
「ん?」
「自身の負傷の言い訳をするつもりはありません。しかし以前に比べて手ごわくなってきているように思えてならないのです。」
「おいおい、敵の練度が上がるなんてそんな話・・・」

そう言いかけて俺はふと、あることに思い当たった。そういえば今まで1撃で倒せていた敵が初撃を耐えるのをよく見るようになった。とどめと放った一振りを受けてなお、立ち上がる敵もいる。同一の戦場に出現する敵の練度は全て一定であるというのが定説だったが、敵の練度が本当に上がっているのだとすればこれらの事に納得がいく。

「・・・いや、そうだな。そうかもしれん。主に話してみよう。」
「ありがとうございます。」
「なんにせよ本丸に戻ろう。帰ったら君はすぐに手入れ部屋だ。」

俺は労いの意を込めて前田の肩をぽんと叩いた。
時空を超えるゲートが開く。俺たちはその門をくぐり本丸へと帰還した。



*****


「敵が強くなってる、かぁ・・・」

本丸に帰還した俺はその足で早速主へと報告に上がった。
いつもの戦果報告に加えて、敵が強くなっているかもしれないと伝えると、主はぴたりと書き物の手を止めそう呟いた。その声音にいつもの軽妙さは無く、こんな顔もできたのかと俺は感心した。しかしそれはほんの束の間で、彼女はすぐにいつもの様子に戻った。

「そっか、うん。うん、大丈夫。鶴丸、それは吉兆だよ。」

ぽんと膝を叩きながら彼女は言った。

「吉兆?敵が強くなっていることがか?」
「強くなってるってのはそれだけ敵も必死ってこと。本陣が近い証拠だ。つまり、戦の終わりも近い。めでたいね!」
「そう、なのか?」

ちょっと単純すぎやしないだろうか。だが確かにどの時代の遡行軍も掃討直前が最も手強いと聞く。ということは短絡的に聞こえる主の言葉も間違ってはいないのだろうか。

「鶴丸は心配症だなぁ。」
「おいおい、君がそんないい加減な調子なもんだから近侍の俺があれこれ心配してやってるんだぞ。いい家臣を持ったと感謝してもらいたいもんだね。」

まだ納得しきれない顔をする俺に主は呆れたように笑った。俺もそれに合わせて茶化してみたが、まだなんとなく引っかかる物が拭いきれない。ただの杞憂と笑い飛ばして終われるものならいいのだが。

「まぁ、そうだね。編成は少し見直さないといけないかもしれない。・・・前田は?」
「手入れ部屋だ。軽傷だったからしばらくもしないうちに終わるだろう。」
「そう。終わったら来るように言っておいて。」
「ああ、分かった。」

報告は終わりだ。俺は立ち上がって主の前を辞した。部屋を出る直前、もう一度主の方を振り返ってみた。目が合うと主は「大丈夫だ」とでも言うようににっこり笑った。俺を安心させようとしてくれたのだろうが、残念ながら効果は薄い。おれはまだ心に残る引っかかりを感じながら部屋を後にした。


*****


曇天、月も星も今宵は見えない。ここの庭はなかなかに見事なのだが、それも今は味気ない真っ黒な影になっている。唯一の救いは先刻の夕立のお陰で気温が下がり随分と涼しくなったことだ。心地よい風に濡れ髪を晒して、俺はぼんやりと縁側に座っていた。
髪が乾いたら寝よう。そう思いながら暗い庭を眺めていると、酒瓶とお猪口を二つ携えた主が現れた。

「おう、そこの白いの。ちょっとツラ貸せや。」
「・・・君な、飲みの誘いならもっと気の利いたセリフもあるだろうに。」
「驚きがあって良いかと思って。」
「何でもかんでも驚きって言えば俺は喜ぶと思ってるだろ。」

雑な態度で俺に呆れられてることなど気にもせず、主は俺の隣に腰を下ろした。平時、結い上げている髪が今は無造作に下ろされていて、毛先から雫が落ちる。

「髪くらい乾かしたらどうなんだ。」
「暑いからドライヤー使いたくないもん。鶴丸だってほったらかしなくせに。」
「俺はいいが主は女だろう。髪が痛むぞ。」
「毛根なら鶴丸の方が弱そう。」
「誰がハゲ予備軍だコラ。」

頭を軽く小突こうとした拳はひょいと避けられ、代わりに並々と酒が注がれたお猪口が差し出された。

「まぁまぁ、髪が乾くまで付き合ってよ。」

結局髪を乾かす気が無い主に非難の意を込めた目をやりながら、俺は渋々お猪口を受け取った。ぐいと煽ればなかなかに度数の高いそれは喉を灼きながら通り過ぎていく。

「ん。」

お猪口がなくなるや否や、主は片手で無造作に新しい酒を注いだ。見れば主も手酌で次々灰を乾かしている。けっこうなペースで飲んでいるようだが大丈夫だろうか。主は酒に強かったか?

「月も星も無し。こう暗くちゃせっかくの庭も見えない。飲むにはちょっと風情がない夜だなあ。」

何杯目かを乾かした主は、夜の庭を場がめて残念そうに言った。月でもあれば月明かりに主の好きな合歓の花が美しく映えたことだろう。

「庭なんぞ見えなくとも隣にこんな美丈夫が居るじゃないか。酒の肴には充分だろう。」
「そうだね。よし、それならいっちょ腹芸でもして見せてよ。」
「美しさを肴にしろって言ってるのに何で君はそれをぶち壊す方向に持っていくんだ。」
「やだこの鶴自分がイケメンだって信じて疑ってない・・・しかも間違ってないからよけい腹立つ。」
「君、酒が入ると口が悪くなるな。」

俺は手酌で酒を注ごうとする主の手から酒瓶を取り上げ、そのお猪口に注いだ。それをまたちびりちびりと舐める主の横で自分の杯にも酒を注ぐ。
主とこんな風に酒を飲むのは初めてだ。

「・・・彼岸も、こんなに暗いのかな。」

杯の酒を回しながら主がポツリと呟いた。彼岸とはまたらしくない言葉が出てきたものだ。

「そこんとこどうよ、鶴さん。」

意味も脈絡もないただの酔っ払いの譫言と聞き流しかけたが、主は俺に意見を求めてきた。もう酔ったのかと思ったが、表情はいつも通りだし呂律も回っている。どうやら正気らしい。
いつになく神妙な顔をする主に、俺はなんとなく嫌なものを感じた。

「・・なんでそんなこと聞くんだ?」
「鶴丸はお墓に入ってたこともあるんでしょ?だったら知ってるかと思って。」

なぜ俺に聞くのか、ではなくなぜそんなことを知りたがるのかを聞きたかったのだが、うまく伝わらなかったようだ。あるいは、わざとかもしれない。いずれにせよ主は言うつもりはないのだろう。地面に目を落としちびりちびりと酒をなめる主がいつもと違って見えるのは、夜だからと言う理由だけではないようだ。

「・・・あいにく、墓の中には入ったが冥府までの供はしていないんだ。それに、」

一切の光も無い、何も見えない暗い棺の中。物言わぬ主をただぼんやり眺めていた。墓までついては来たものの、その先に行けぬ悔しさも寂しさも、主と共に朽ちていくような気がした。

死の満ちる狭い桶の中で一人取り残されていく、あの感覚は。

「あまり、思い出したいことでは無いなあ。」

主の顔が悲しそうに、申し訳なさそうになるのが見えた。そんな顔をさせるつもりではなかったのになぁとぼんやり思う。

「ごめん。」

謝罪なんか要らない、そんな意を込めて俺はひらりと手を振った。

「・・・ま、なんだ。もし君が望むのならその時は俺もついてってやろう。驚きの水先案内を期待してくれ。」

俺はいつものようにおどけた調子でそう言った。なんだか湿っぽくなってしまった空気が居たたまれなかった。すると主はきょとんと目を丸くした。

「でも鶴丸はあの世まではついて来られないんじゃないの?」
「おっと君、せっかく人が良いこと言ってるのに野暮を言うもんじゃない。なあに、俺もあの頃に比べたら随分神格を上げた。きっと今なら黄泉路へだって供ができるさ。」

もちろんそんなのやったことがないから分からないが、まぁ多分できるだろう。言い方が冗談っぽかったから主も本気にはしていないだろうが、でも本当の本当に主がそう望むなら、俺は主と一緒に行く。この主と一緒なら死出の旅も楽しいはずだ。

(まぁ、まだまだ先の話だが。)

人の子の一生は短いが、それでも主はまだ若く、彼女の前には果て無い旅路のような長い人生が横たわっているのだ。

「えー鶴丸が案内とか・・・私ちゃんと成仏できるの・・・?」
「そいつは盲点だった!君を成仏させずにずっとここに留め置くと言う手もあったな!」
「お前は主を地縛霊にでもする気か。新しいタイプの謀反か。」

言いながら主が俺を小突く。宵闇の中に俺たちは隠れるように笑った。それから何杯か酒を煽り、そろそろ瓶も空になろうかという頃、主はため息まじりに呟いた。

「でもまあ、鶴丸に案内は頼まないよ。」
「ええ?おいおい、つれないこと…」

俺はそれをいつもの冗談だと思った。だが軽口を返そうと振り仰いだ彼女は冗談とはかけ離れた何もかも諦めたみたいな目をしてて、俺は思わず言葉を詰まらせた。
それを追求する前に彼女はさっと立ち上がり、その顔は長い髪で隠れてしまった。

「さて、そろそろ寝るかな。」
「え、おい君…」
「髪、乾いたから。」

そう言って主はその黒髪をちょいとつまんで見せた。そのとき見えたその表情はもういつも通りで、さっきの顔は何かの見間違いかとも思った。
おやすみ、と短く言って彼女は自室へ戻っていった。

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