ハリポタ
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ホークラックス
あれには卿の魂のカケラが入っている。
卿の杖明りに従ってあたしたちは洞窟の奥へ奥へと進んでいく。
あたしも卿も何も喋らなかった。
と言っても、卿が自分から会話を始めることはほとんど無いからこの場合黙っているのはあたしだけなのかもしれない。
この歩きづらい洞窟を進むことに文句の一つも言っても良い。
そしたら卿はイヤミで返すだろうけど、どうしてもそんな気分になれなかった。
正直、あたしはショックだった。
原作での重要なキーアイテムを目の当たりにしてしまったこと。
そして卿が人を殺したという確たる証拠を突きつけられたこと。
前者は思わぬところで有名人を見てしまった感覚に近いからまだいい。
でも後者はそういうわけにはいかなかった。
目の前を歩く男は罪の有無に関らず何人も殺した殺人鬼。
知らなかったワケじゃないのに、今更になってその事実が生々しく圧し掛かり、あたしを黙らせている。
(別に、卿は本当は良い人だなんて思ってたワケじゃない。卿は闇の帝王だって知ってたじゃない。)
あのホークラックスだって、いずれレギュラスに奪われハリーの手に渡り、破壊される。
人の道を踏み外した殺人鬼は正義の味方によって倒されるんだ。
(人の道を踏み外した、か…)
あたしはいつだったかテレビで犯罪心理学の権威か誰かが言ってたセリフを思い出した。
彼は私達の隣にいる人と変わりない普通の少年だった。彼のもつ寂しさに一人でも気付き声をかけてくれる人がいたのなら、悲劇は避けられたのかもしれない。
……卿には声をかけてくれる誰かがいなかったんだろうか。
卿は、踏み外してしまった道にもう戻れないんだろうか。
「卿……」
「なんだ?」
「寂しいんだったらあたしがいっしょにいてあげようか?」
杖に灯された明りがピタリと止まった。
くるりと卿がこちらを向いたけど、逆光で顔は見えない。
数秒、沈黙してから卿が口を開いた。
「気でもふれたか?」
「……!!!!」
こいつが人道に戻れるワケがねえ!!!
逆光にもかかわらず分かるせせら笑うような息遣い。
あたしはちょっとでも卿に同情した自分を呪った。
寂しい?卿が?ありえないありえない!
そりゃ確かに生い立ちは不幸だったかもしれないけど卿にはこれまでもダンブルドアとか手を差し伸べてくれた人がいたハズだ!
それなのにこんなんになっちゃったのは卿が悪い!!!
「ホンット卿って悪の権化だよね!!」
「フン、何を今更。俺様は闇の帝王だぞ。」
「あーハイハイそうでしたねー。陰険屋敷のお山の大将め。」
「聞こえてるぞ。それで陰口のつもりか。」
「聞こえるよーに言ってんですー。」
バーカバーカ卿のバーカ。
あたしは目いっぱい卿に毒づいた。
めんどくさくなったのか卿はとっくに聞き流しモードに入っている。
フン、卿なんかさっさとレデギュラスに裏切られてホークラックス盗まれちゃえばいいんだ。
(………あれ?そういえばレギュラスって…)
その名前を反芻した途端、ある重要な事実を思い出した。
そうだ、あのペンダント!
隠すときに連れてこられるのはあたしみたいな名も無き一般マグルじゃなくて、ブラック家の屋敷しもべ妖精クリーチャーだ!
さっと体中の血が冷えた。
あたしというイレギュラーな存在が原作とのずれを生じさせてしまったのかという恐怖もあったけど、それよりもクリーチャーの受けた仕打ちを思い出した。
もし本当に原作とズレてしまっているのだとすれば、あの仕打ちをクリーチャーの代わりにあたしが受けるってコト……?
(や、やばい殺される……!卿はマジであたしのことここで捨てる気だ……!!)
そうと分かればもう卿と一緒にいるのは危険だ。
一刻も早く逃げなくちゃ。
「……なまえ。」
「うわはいいいいいぃぃっ!!!!」
「?……何をしている。迷子になっても探してはやらんぞ。」
「…は、はーい………」
いきなり明りを向けられてショック死しそうなほどに心臓が跳ねた。
逃げようとしているのがバレたのかと思った。
でも、ちょっと驚かされたくらいであたしは諦めない。
ここで諦めたら原作でのクリーチャーのように苦痛を味あわされて置き去りにされる。
そうなればあたしに生き残る道は無い。
あたしはそっと暗闇の中で卿の様子を窺った。
卿は前方ばかり見てて後ろにいるあたしに注意は払っていない。
もしここであたしがいつの間にか消えていても、卿は探さない。
卿自身がそう言ったのだから。
代わりの生贄は、卿ならいくらでも用意できる。
そうと決まれば急がなきゃ。
ホグワーツへ行こう。
ダンブルドアなら卿の魔力が無くたって生きられるようにしてくれるハズだ。
幸い、卿は今杖を出している。
あれを奪って逃げよう。
(姿現しの仕方は…どこへ、どういう意図で、どうしても…だっけ?)
原作でのハリーたちが練習してた場面を思い出して、あたしはついに覚悟を決めた。
あたしは大きめの声で苦しそうにうめくと、その場に蹲った。
気付いた卿が歩みを止める。
「卿…お、お腹痛い…。」
「貴様が腹痛だと?笑わせるな。病にもならぬ身体のくせに。」
「う…そ、そうだけど…もうちょっと思いやりってものをもとうよ卿。うう〜もうダメほんと痛い……もう歩けない〜。」
そうだ、うっかり忘れてたけどお腹痛くなっても数秒で治っちゃうんだった、あたし。
これじゃ引っかからないかな、と思いつつチラッと卿を見ると、卿はめんどくさそうにため息をついてあたしに杖明りを向けた。
「まったく……ホラ、見せてみろ。」
やった!ゴネたかいがあった!
あたしは即座に卿の杖めがけて手を伸ばし油断しきってた卿の右手からそれをムリヤリもぎ取った。
持ち主の手を離れた杖は電池の切れた懐中電灯のようにフッと明りを消した。
「!…貴様っ!」
「生贄になんかなってたまるかっての!グッバイ卿!」
言うが早いかあたしはすぐさま回れ右して来た道を走り出した。
洞窟は自分の足音がうるさく響いて、卿が後ろから追ってくるのかどうかも分からない。
でもいつ卿の冷たい手が後ろから伸びてきてあたしを捕まえるかと思うと生きた心地がしなかった。
最初に降り立った場所まで辿り付いたあたしはようやく後ろを振り返ってみた。
卿の追ってくる足音も、あたしを呼ぶ怒り狂った声も聞こえない。
(逃げ…きった…?)
肩で息をしながらあたしは右手に握った杖に視線を落とした。
姿現し…本当にできるだろうか。
コレはかなり難しい魔法で、ハリーたちも習得には苦労していた。
身体がバラけてしまう可能性だってある。
いや、むしろその可能性のほうが大きい。
(でも、でもやらなきゃどっち道死んじゃうんだ!)
あたしは深呼吸して意を決し、震える両手に力を込めた。
どこへ…ホグワーツへ…どういう意図で…卿から逃げてダンブルドアに助けを求めるため……どうしても…どうしても、あたし行かなきゃ!このまま卿に依存して生きるのもワケわかんないネックレス隠す生贄になるのも絶対イヤ!
ぐい…と身体が引っ張られる感じがした。
成功かと思った次の瞬間、あたしはゴツゴツの地面に身体を打ち付けられ、杖を手放してしまった。
「っかは!!?」
衝撃で咳き込み痛みに悶ながら目を開けると、半転した世界で卿があたしに杖を向けて立っていた。
ああ、ダメだった。
卿は杖が無くたって音も無くあたしに近づくことができる。
対するあたしは杖も取り返されてあまりに無力だ。
「貴様…どこへ姿現ししようとしていた……」
いつもより低い、本気で怒っている声。
こんな声を聞いたのは初めてだ。
「…ケホッ…さすが闇の帝王…何しようとしてたかまで分かるんだ…。」
「どこへ行こうとしていたと聞いている!」
「………」
あたしは答えなかった。
答えたって卿は怒るだけだ。
しかし沈黙は卿の怒りを更に煽る結果となった。
卿は杖を持っていないほうの手であたしの胸倉を引っ掴んで乱暴に引き寄せ、ほとんど馬乗りのような状態になった。
「自分が何をしようとしていたのか分かっているのか!?ヘタをすれば死んでもおかしくはないのだぞ!」
「よくゆーよ……やらなくちゃ卿に殺されちゃうでしょ…!」
「はぁ?何を……」
「卿の考えることくらい分かるんだから!そのネックレス守るトラップ、あたしで試す気なんでしょ!?ユーレイに水ん中引きずり込まれて死ぬくらいならイチかバチかでも逃げるもん!」
「………」
「いたっ」
言い返してこなくなったと思ったら、卿はあたしの胸倉を掴んでた手をパッと放した。
おかげであたしは再び固い地面に落ちてしまった。
「たいした想像力だな。」
「想像っていうか、事実じゃん。」
卿が上からどくとあたしは急いで距離を取った。
出口の方向は卿に塞がれている。
「とりあえず落ち着け。お前らしくもない。」
「殺されるかもしれない時に落ち着いてなんかいられないよ!それに卿があたしの何を知っているって言うの!?」
「……………なまえ?お前まさか泣いているのか?」
睨み上げた目尻がじわっと熱くなって視界が滲んだ。
悔しい。卿の前なんかで泣きたくないのに。
あたしは涙がこぼれないようにぐっと唇をかみ締めた。
「泣いてない………っ!」
涙を拭えば泣いてるのを認めたことになる。
俯けば涙が落ちてしまう。
だからあたしはもういっそ涙が乾くまで卿を睨んでやろうと思った。
そしたら滲んだ卿の腕が動いた。
その手はあたしの頬を掠め、あたしは一瞬ビクリと身を引いた。
「……ならば、泣いていないということにしておいてやる。」
卿の冷たい指が目尻を拭いあたしの熱を冷ましていった。
クリアになった視界に立っている卿はどこか悲しそうな顔をしている。
一見いつもの冷酷そうな顔なのに。
なんで?
悲しいのは逃げるのに失敗したあたしのほうだよ。
「何を勘違いしたのかは知らんが、俺様はお前を殺したりはせん。」
「……信じらんない。」
「信じろ。俺様はお前に興味がある。だから殺さん。」
「は………?」
「分かったら今日はもう帰るぞ。」
一方的に言うだけ言って卿はくるりと踵を返した。
突然の展開についていけない。
ついさっき地面に叩きつけられて殺されそうだったのに、殺さないとか信じろとか、挙句の果てに帰るだなんて。
でも帰るなら置いていかれちゃ困るから、あたしは卿の後を追いかけた。
「ちょっと待ってよ卿!帰るって…ネックレスは!?」
「もともと今日はただの下見だ。やはりここはイマイチ気に食わん…他を探す。」
「し、下見…って……じゃああたしマジで来る必要なかったじゃん!!」
「ふむ、そうだな。暇つぶしにお前の反応を見て楽しむのも良いかと思ったが…予想外すぎて邪魔だったな。まったく、毛ほども役に立たん奴よ。」
「てんめっ……!!ハゲろ!卿なんかいっぺんハゲて毛のありがたさを思い知ればいいんだ!!!」
「耳元で吠えるな騒々しい…貴様の部分だけ姿現し失敗してやろうか?」
あたし達はいつもの憎まれ口の応酬を繰り返して、結局二人で屋敷へと帰ってきた。
一時二人を包んだ不穏な空気も気まずい雰囲気もそのころにはすっかり無くなっていた。
こうしてあたしの脱出計画はまたしても失敗に終わってしまったけれど、信じろと言った卿の顔や声がなんとなく頭に残った。
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