ハリポタ
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空が夕日に染まる頃、いつまで経っても城に帰ってこないあたしたちを心配したジェームズとリーマスがホグズミートまで探しに来てくれた。
「なまえ!……シリウス!?何があったんだい!?」
「ジェームズ……リーマス………!」
「帰りが遅いから探しに来たんだよ。………何があったか説明できる?」
「あ……………」
リーマス屈んでは地べたに座り込んでるあたしと視線を合わせた。
でもあたしは何も答えることができずに俯いてその鳶色の瞳から目を逸らした。
だって、何て言えばいいの?
ここに卿が………「例のあの人」が来たなんて。
あたしを連れ戻しに来た、なんて。
「……………ごめん……」
沈黙の末、あたしは保身を選んだ。
ホントのことを話して皆が離れてくことが、あたしは耐えられない。
乾いた涙の跡を新しい涙が一筋通った。
「ごめんって……何か言ってくれなきゃ分かんないよ!」
「ジェームズ!……とにかくシリウスを城へ運ぼう。頭を打ってるかもしれない。」
「でも………ああもう!……分かったよ。」
「………………………」
ジェームズはまだ納得していない様子だったが、リーマスに諌められ追求を止めた。
本当はリーマスも状況を知りたいはずなのに、彼は何も言わないあたしの意を汲み取ってくれた。
彼らへの申し訳なさで胸が張り裂けそうだった。
未だ目を覚まさないシリウスを浮遊呪文で慎重に運び、あたしたちは酷く苦労して例の抜け道からホグワーツへと帰ってきた。
「まぁ!一体どうしたって言うの!?」
マダム・ポンフリーはジェームズに担がれたシリウスを見るなりパイプ椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がってベッドの準備を始めた。
用意されたベッドにジェームズがシリウスを横たえると、マダムはまず手当ての必要な外傷がないか調べ、脈を取り瞳孔に光を当てたりした。
「軽い脳震盪のようね………さ、ホグワーツ始まって以来のお騒がせグループの一人が昏倒した理由を聞きましょうか?」
「…………………」
カルテを片手にあたしたち3人を見渡すマダムの目にあたしは再び視線をさ迷わせた。
隣にいるジェームズがちらりとこっちを伺ったのが気配で分かった。
ホグズミートでは聞けなかった事情だけど、ここでならあたしも話すかもと思ったのだろうか。
あたしは居たたまれなさに唇をギュッと引き結んだ。
「階段から落ちたんです。」
数秒続いた沈黙の後、口を開いたのはリーマスでも、況してやあたしでもなく、ジェームズだった。
彼はまるで失敗を恥じるただの男子生徒のように苦笑いを浮かべながらすらすらとデマカセを並べていく。
「西の塔のあたりで、ふざけてたら階段が動いてバランスを崩しちゃって。」
「まぁ。珍しいこともあるものね。猿も木から落ちるってやつかしら?」
「そんなとこですね。」
マダムがカルテに何か書き込んでいく。
その前でジェームズは白々しく肩を竦めて見せた。
あたしはただ目を丸くしてそのよく回る舌に感心し、リーマスは呆れたようにこっそりとため息をついていた。
「………貸しだからね。」
マダムはカルテを書き終えるとあたしたちにシリウスの様子を見てるように言って奥へと言ってしまった。
その僅かにスキにマダムには聞こえない声でジェームズが言った。
「君がそこまでして言わないってことは何か言えない事情があるんだろう?だったらもう無理に聞いたりしないさ。」
「ジェームズ………」
「ふふっ、ジェームズにおいしいとこ取られちゃったなぁ。」
「リーマス………」
じわりと目頭が熱くなって、咄嗟にあたしは二人から顔を隠した。
一度泣いてしまったせいで涙腺が弛んじゃってるみたいだ。
ごめんね、と溢すように小さく呟いた言葉が二人に届いたかどうかは分からない。
あたしは涙を堪えるのに必死だったから。
特に異常は無いけれど大事をとって医務室に一泊することになったシリウスを残してあたしたちは寮に戻ってきた。
談話室で待ってたリリーに迎えられ、心配をかけたことを詫び、夜も遅かったのでその場はすぐに解散になった。
そして部屋に戻ると待ち構えていたかのようにリドルがその姿を現した。
「おかえり。どうだった?久々の再会は。」
彼はベッドの縁に腰掛け優雅に微笑んだ。
あたしはその完璧な顔を忌々しげに睨み付ける。
あたしがこんなにも憔悴してるのに涼しげに笑ってるのに無性に腹がたった。
「知ってたの……?卿が来るって………」
「忘れた?僕と彼はもともと一つなんだよ。彼がどう行動するかってことくらい、少し考えれば分かる。神経を研ぎ澄ませれば、どこで何をしているかだって。」
「じゃあなんで………!」
「僕はちゃんと忠告したはずだよ?」
「……………ッ」
あたしはグッと言葉を飲み込んだ。
何を言い返してもリドルの前ではあまりに無力だし、確かに彼はあたしに忠告をしていた。
それを軽んじ蔑ろにしたのは、他の誰でもないあたし自身だ。
「……………じゃあ、教えてよ。」
あたしは握りしめた拳を悔しさに震わせながらも、努めて平静に言った。
「なんで卿は、あたしを連れて帰らなかったのか。」
あたしがホグワーツで自由にしているのが気にくわないのなら、今日ムリヤリにでも連れて帰ればよかったのだ。
あたしがいくら嫌がろうとも、泣き叫ぼうとも、悲しもうとも、そんなこと何一つ意に介さず無慈悲にあたしから自由を奪う。
そのくらい、卿にとっては欠伸が出るほど簡単なことのハズだ。
なのに、それをしなかったのは何故?
所有物が好き勝手に動き自分に逆らうのが許せないと、あんなにも怒りを顕に顔を歪めていたのに。
「それこそ単純明快なことだよ。その必要がなくなったからだ。」
「必要がなくなった…………?」
それはつまり、あたしが卿にとって必要じゃなくなったってこと?
いや、卿はもともとあたしを必要としてないはずだし、あたし自身卿に必要な存在になった覚えはない。
リドルは更に口角を持ち上げ笑みを浮かべた。
卿そっくりの、人を見下すときの笑い方だ。
「君を物理的に縛る必要がなくなったんだ。精神的に縛ることができたからね。」
「あ、あたしは卿に屈したりなんかしない!」
「あはは、この期に及んで威勢がいいことだね。」
「あたしは…………っ」
「背中、見てみなよ。」
……背中?
戸惑うあたしにリドルは人差し指で鏡をさしてそっちを見るように促した。
振り向いた先の姿見に写っているのはあたしの後ろ姿。
その眉尻は下がって情けない表情になっている。
あたしはそっと黒いパーカーを脱いだ。
無意識に指先が震える。
脱ぎかけたパーカーの下からグレーのシャツが変わり果てた姿を現した。
「………………っ」
フラッシュバックする今日の出来事。
あたしはすぐに鏡から目を背けパーカーを羽織り直し前をぎゅっときつく合わせた。
「ほらね、そういうことさ。」
その様子を見たリドルがせせら笑う。
「その痛みを思い出せば、もうヴォルデモートに逆らおうなんて気は起きないだろう?」
「そ、そんなことないもん……っ!!」
あたしはリドルを睨んだ。
でもリドルはそんなこと意にも介さず涼しい顔をしている。
あたしが卿に逆らえない?
そんなことない。
あたしは今までずっと卿に逆らってきた。
これからだって………
「やめなよ。強がりは無意味だ。君の薄っぺらな虚勢はもう剥がれ落ちたんだよ。」
あたしの思考はリドルの冷淡な言葉でいとも簡単に遮られてしまった。
耳を貸すなと頭の中で警鐘が鳴る。
でも、それももう遅かった。
リドルはあたしに心を持ち直す隙を与えずすらすらと言葉を並べていく。
「確かに君は不老不死だ。その点は素晴らしいと認めるよ。……でも完璧じゃない。君は恐怖も、痛みも、ちゃんと感じることができる。」
「それがなによ………」
「君がヴォルデモートに逆らえたのはその不老不死という盾があったからだ。でもその盾が実は穴だらけだったと気づいた気分はどう?」
「…………っ」
あたしはパーカーの前をさらにきつく掻き合わせた。
痛みはとっくに消えてるハズなのに、背中が熱い。
思い出したくない痛みや恐怖をリドルは無遠慮に記憶の陰から引きずり出していく。
「………でもよかったじゃない。繋いでいるから逃げない犬より、繋いでいなくても逃げない犬のほうが気に入られるものさ。」
「うるさい!あたしは犬なんかじゃないもん!!」
あたしは手近にあった教科書を力任せにリドルに投げつけた。
教科書はリドルの頭をすり抜けて壁に当たった。
「………っもう消えて!!」
「わあ、怖い怖い。いいよ、今日はもう消えてあげる。一人で落ち着く時間が欲しいだろうしね。」
「リドルなんか……だいっきらい………」
「ふぅん……そう。」
興味の無さそうな返事をしてリドルは消えた。
あたしは床に膝をつきその場に蹲った。
まるめた背中から乾いた血がパラパラと落ちるのを感じながら、あたしは泣くのを必死になって堪えていた。
一瞬でも気を緩めれば決壊したダムみたいに声をあげて泣いてしまいそう。
でも泣くわけにはいかない。
泣けばリドルの言ったことを全部肯定することになる。
それは卿に屈服するのと同じだ。
なんて言われようとも、それだけはやっぱり嫌だ。
(卿の思い通りになんて、ならないんだから…………!)
今まで幾度と無く口にしてきた言葉を、あたしは頭の中で強く繰り返した。
何度も、何度も、自分に言い聞かせるように。
それなのに思えば思うほど、心は枯草のように乾いてしなびて弱くなっていく。
その日あたしは少しも眠ることができなかった。
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