ハリポタ
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せっかくの休日だというのに、あたしはどこへ出かけるでもなく談話室で過ごしていた。
しかも、談話室にいると言っても誰かと話したりとかチェスに興じたりだとか、ましてや宿題をするでもない。
本当にただひたすらぼーーーっと火の入ってもいない暖炉を眺めていた。
「はぁ………」
こんな休日の使い方は勿体ないことこの上ないってのは自分でもよーっく分かっている。
分かっているけど、どういうわけか何もする気が起きないのだ。
せめて散歩にでも行こうかなと幾度となく思い付きはするのだけど、いざ腰を上げようとすれば、やっぱりなんとなく気が乗らない。
そしてあたしはこのモヤモヤした気持ちを吐き出すように、また重たいため息をつくのだった。
「はぁ……………」
******
そんななまえの姿を談話室の端っこから見ている者がいた。
その端っこの3人は特に隠れてなまえの様子を伺っているわけではなかったが、今の彼女は今だかつてないほど注意力散漫で、友人達が自分を凝視していることにも気づくことはなかった。
それ故ジェームズ、シリウス、そしてリーマスの3人はなんの苦労もなくなまえの観察を行えていた。
「これで何回目だい?」
「23回目……数えてる分はね。」
「あのなまえがこんなになるなんて………恋ってのは恐ろしいね。」
ジェームズが大袈裟にやれやれと頭を振るとシリウスは僅かに不機嫌そうに眉をひそめた。
二人はそれに気付きながらも、あえて言及はしない。
「さて観察も飽きてきたことだし、そろそろ本人に事情聴取といこうか。」
「待ったジェームズ、適任者が来たよ。…もう少し様子を見ていよう。」
リーマスがそう言うと同時に、その横を長い赤髪が走り抜けて行った。
******
「なまえ!レイブンクローのカーティスに告白されたんですって!?」
「わっ!!り、リリー…びっくりさせないでよ……」
背後から急に声をかけられ、あたしは飛び上がるほど驚いた。
いつもの彼女なら驚かせたことを律儀に謝るだろうに、それもせずにいそいそと隣のソファに腰を下ろす様子が彼女がいかに興奮しているかを物語っている。
「で?本当なの?」
身を乗り出してそう訊ねる彼女の目は見たこともないくらいにキラキラ輝いている。
改めてかけられた問いにあたしはボッと顔を赤くさせる。
恥ずかしさに耐えきれず、あたしは両手で顔を覆って突っ伏した。
「……告白、された……………」
「きゃあああ!ホントにホントだったのね!!」
羞恥のあまりか細い声しかでないあたしとは裏腹にリリーは興奮が最高潮に達したと言わんばかりに嬉しそうな悲鳴をあげた。
しかもそれだけではまだ足りないようで、ソファに座ったまま足までバタつかせるシマツ。
いつもならあたしがそれやったら行儀が悪いって怒るくせに!
「で?で?なんて返事したの??」
「リリー楽しそう。」
「当たり前じゃない!なまえに春が来たんだもの!!」
そう言ってリリーはあたしの肩をけっこうな力で叩いた。
痛い……
そしてあたしはリリーに促され、あの日の経緯を話し始めた。
******
『僕がなまえに交際を申し込んでも何の問題もないね。』
頭の中でエルバートの言葉がリフレインし、あたしはようやくその意味する所を理解した。
それと同時に顔がカアッと熱くなって心臓はドキドキと異常な速さで動き出す。
「エ、エルバート……?」
あたしの肩を抱き寄せるエルバートの腕はちょっと身を捩った程度じゃビクともしなくて、それが余計にあたしを焦らせた。
狼狽するあたしに気付いた彼は、その整った顔で優しく、そして少しだけ申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめんねなまえ。本当はもっとちゃんと伝えたかったんだけど……」
そこでエルバートはようやくあたしを解放した。
パニックで覚束ない足取りのまま距離をとるが、彼の顔から目が離せない。
「でも、冗談や出任せなんかじゃない。僕は本気だよ。ずっと君のことが気になっていたんだ。」
何の照れや恥じらいもなく爽やかにそう告げる彼。
顔を赤くしたのは寧ろあたしの方だった。
「…………くっだらねぇ。」
そう吐き捨てるように言ったのはシリウスだった。
半ば空気のような扱いになっていたことが気に入らなかったのか、その表情は不機嫌そうに歪んでいる。
慣れない状況にすっかりパニックに陥っていたあたしはシリウスに助けを求めようと口を開いたが、シリウスはそのままくるりとあたしに背を向けた。
「シ、シリウス……っ」
「……………」
やっとの思いで出した声は自分でも驚くほどにか細く、情けなかった。
既に歩き出していたシリウスには聞こえなかったのだろうか、彼は振り返りもせず去ってしまった。
「………図書室に案内する途中だったね。行こうか。」
「あ…えっと………」
未練がましくシリウスの背中を見送るあたしの手をエルバートが引いた。
「あの…ごめん、やっぱり図書室はいいや。その……今日はもう寮にもどろうかな………って……」
あたしはドギマギしながら視線を泳がせ意味もなく髪を弄くった。
どう考えたって今から本を読む気になんてなれないし(もとからそんなつもり無かったけど)何よりこれ以上エルバートの傍にいたら心臓が爆発しそうだった。
「そう…ここから寮への道は分かる?」
あたしは彼の顔も見ずに急いでこくんと頷いた。
「じゃあ、さっきの返事、考えといて。急がなくてもいいからさ。」
「う……うん…」
優しい声でそう言った彼に、あたしは頼りなく頷くしか出来なかった。
それからあたしは逃げるようにしてシリウスが行ったのとは反対の道を走っていった。
どこをどう通ったかは覚えていない。
ただ、寮の自室に着いた頃にはもう頭の中がぐるぐるしてワケわかんなくて、晩御飯も食べずに寝てしまった。
******
「あ、それで昨日は食堂に来なかったのね?具合でも悪いのかと思って心配しちゃったわ。」
「うう……実際ちょっと体調悪い……」
「やだなまえ!顔色悪いわよ!?」
話していくうちに鮮明に思い出してしまったせいか、またあの時のように頭がぐるぐるしてきた。
するとリリーが身を乗りだしてあたしの額に手のひらを押し当てた。
「ちょっとだけ熱っぽいかも…知恵熱ってやつかしら?」
「リリぃ〜………あたしどうしたらいいのかなぁ……」
心臓がドキドキして頭の中が熱くなって、まるで酷いカゼをひいたみたいにしんどい。
この世に生を受けて十数年、色恋沙汰にほとんど縁のなかったあたしにエルバートの件は完全にキャパオーバーだ。
涙目になってリリーに助けを求めるあたしに、彼女は呆れたように苦笑いしながらため息をついた。
「まずは落ち着いて。ゆっくり考えればいいのよ。」
「うぇぇぇ……頭痛い〜…気持ち悪いぃ〜……こんなん続いたら死んじゃうよぉ〜………」
「もう、そんな情けない声出さないの。いつものなまえはどこ行っちゃったの?ほら、カボチャジュースでも飲みに行きましょ!きっとスッキリするから。」
そう行ってリリーは頭を抱えてうずくまるあたしの腕を引いて立ち上がらせた。
いつの間にかもうお昼時だ。
あたしはリリーに手を引かれるままに寮を出て食堂へと向かった。
それまでのやりとりをずっと見ている3人がいたことにも気付かずに………
******
「……なまえが意外にも純情でびっくりなんですけど、どうぞー。」
ジェームズがすぐ隣に座るリーマスに無線で話すような仕草で言った。
「それはさすがに失礼だよ。なまえだって一応女のコなんだから、どうぞー。」
リーマスもそれに合わせて無線越しの会話のように応える。
「君も大概失礼だと思うけどね。いやぁなまえって恋愛とか興味ないイメージだったけど、これは案外脈アリなんじゃないかい?」
「かもしれないね。相手は優しいやつみたいだし。お似合いなんじゃないかな。ねぇシリウス?」
まるで天気かなにかの話のように何の気なしにリーマスがシリウスに問いかけた。
それがさっきからどんどん悪くなっていってる彼の機嫌にトドメを刺すことになるだろうということを勿論知りながら。
案の定、シリウスは無言でゆらりと立ち上がった。
「………んなもん、知ったこっちゃねーよ。」
低い声で唸るようにそう言って、シリウスはジェームズたちと目も合わせずに自分の部屋へと戻って行った。
その際たまたま彼の表情を見てしまった哀れな一年生が鬼でも見たかのように怯え殆ど涙目になってしまっていた。
ジェームズたちはそれを楽しそうに、しかしどこか困ったような複雑な顔で見送っていた。
「ちょっとイジワルすぎたかな?」
少しもそう思ってない顔でリーマスが言った。
「足りないくらいだったと思うね。いっそもっと核心を突くべきだったかも。」
部屋へと続く階段へと消えたシリウスの背中から視線を戻しながらジェームズが言った。
リーマスもその言葉に笑って賛同する。
「シリウスはさっさと自分の気持ちに素直になるべきだよ。誰かに取られてからじゃ遅いんだから。」
「まったくその通りだね!早く彼にも人を愛する喜びってもんを知ってもらいたいよ!」
そう言ってジェームズは大げさに恋する乙女のようなため息をついた。
もちろん、想っているのはリリーのことだろう。
リーマスはもう一度シリウスがいるであろう部屋の方へを目を向けた。
会った時からなまえとはケンカばかりしていたシリウスのことだ、今更素直になるには彼の高すぎるプライドが邪魔をしているのだろう。
それでも、シリウスのなまえに対する想いは今まで彼が遊んできた女性へのそれとは全く違う。
ようやくそんな風に思える人と出会えたのだから、つまらない意地を張っていないで彼女と正面から向き合って欲しい。
2人は彼の親友として心からそう思っていた。
「……でもさ、シリウスが素直になったとしてあのなまえと上手くいくと思うかい?」
「ジェームズ、大切なのは結果じゃない。彼が人として真っ当な感情を持てるかどうかさ。」
「うーん、まぁそれもそうだね。どう考えたってあのカーティスってのとくっついたほうがなまえは幸せになれそうだし。」
かくして、2人の思いは存外シビアなものだった。
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