ハリポタ

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リリーは調べ物があるからと図書室へ行ってしまった。
あたしも一緒に行きたかったけども、さっきからうるさく泣きわめく腹の虫がそれを許さなかった。
時刻は3時をすぎたところ。
もうおやつの時間だ。
あたしは何かおかしを貰うべく厨房を目指して歩いていた。
本当はあの抜け道を通ってホグズミートへ行きたいけれど、さすがに今はまだ行くのが躊躇われる。


(……ううん!コレは決して卿に屈したとかそういうのじゃなくて、ただホグズミートまで行くのが面倒臭いだけ!!)


そう、卿が怖いから行かないんじゃないんだから!
誰にともなく心の中で理由をつけて、あたしは頭の中に浮かんだ卿を振り払うように歩く速度をあげた。
タルト、クッキー、シュークリーム、ロールケーキ、カボチャジュース。
頭の中に隙間が出来ないように貰うお菓子のリストで埋めていきながら廊下の角を曲がった。
ふと、視界が陰ったのはその時だった。


「わっ!?」

「おっと」


あたしはそのまま何かに顔からぶつかり反射的に目をつぶった。
何が起こったのか理解する間もなく後ろ向きに転んでブザマに尻餅をつく。
冷たく固い石造りの床に打ったお尻は、先にぶつけた鼻より断然痛かった。


「いったたた……」

「ごめん、大丈夫?」


頭上から声をかけられ顔をあげると、見知らぬ男子生徒が心配そうにあたしを見下ろしていた。
その胸元には青いネクタイ。
レイブンクローの生徒だ。
どうやら曲がり角でこの人とぶつかってしまったらしい。


「立てる?」

「あ、どうも…」


差し出された手をとると男子生徒は軽々とあたしを引っ張り起こしてくれた。
しかも服についたほこりまでさりげなく払ってくれる優しさ。
あたしはこの紳士の国イギリスに来て、ここでようやく本物の紳士に出会ったのだと確信した。


「あれ?君もしかして…なまえ・マルフォイじゃないか?」

「は?マルフォイ?」

「スリザリンのルシウス・マルフォイの親戚なんだろう?あれ、違った?」

「あ、ああ!うん、そうそう。そうだった。はい、なまえ・マルフォイですよ。」


あたしは慌ててごまかしその場を凌いだ。
あぶねーあぶねー、うっかりしてた。
紳士は少し不思議そうな顔をしていたけどそれ以上はツッコんでこない。
我ながらかなり苦しいごまかし方だと思ったけど、案外紳士も抜けてるようだ。


「えーと、そちらサンは?」

「ああ、ゴメン。僕はエルバート・カーティス。レイブンクローの6年生だ。」


そう言って紳士、もといエルバートはにっこり笑って手を差し出した。
あたしもとりあえず愛想よくそれに応じる。


「ずいぶん急いでいたみたいだけど、どこへ向かってたんだい?」

「え、えー…っと、図書室に!調べ物をしたくて。」


厨房へおやつを貰いに行くために走ってました、だなんてさすがに言えなくて、あたしは咄嗟にウソをついた。
図書館に調べ物なんて、それ何てリリー。
第一、図書室は反対方向だ。


「図書室?それじゃ方向が逆だよ。」

「あ、あはは……そうでしたっけ?」


ほらやっぱり。
案の定エルバートに指摘され、あたしは視線をトビウオのように泳がせた。
それはもうざっぱんざっぱんと。
しかし紳士なエルバートはそんな時でもやっぱり紳士だ。


「ああ、そうか。君は転校してきたばかりだったね。よかったら案内しようか?」

「え!いやそんな悪いし……。」

「頼むよ、ぶつかったお詫びをさせてくれ。」


エルバートは少しおどけたように笑って、あたしのカバンを鮮やかな手つきでさりげなく取り上げた。
あたしはそのあまりにも自然な気の配り方に
思わず感心してしまった。


「じゃあ…お願いしちゃおうかな。」

「かしこまりました、レディ。」


キザな台詞もエルバートが言うと様になった。

英国紳士っていうのはもう絶滅したものだと、レイトン教授は所詮ゲームの中なのだと思っていた。
あたしはまるで絶滅危惧種を目の当たりにしているような気分を味わっていた。

同じ男だというのに、シリウスやジェームズ、ましてや卿なんかとは大違い。


(近いのはリーマスくらいかな……いや、もっと似てる人を知ってるような………)

「ところでミス・マルフォイ?」

「あ、なまえでいいよ。苗字で呼ばれるのは好きくないんで。」


不意にマルフォイの名で呼ばれ、あたしは僅かに感じたデジャヴを追求するのをやめた。
ルシウスなんかと一緒にされるなんて冗談じゃない。(まぁ、この名前を借りることを決めたのはあたし自身だけど)


「じゃあなまえ、不躾な質問で悪いけど、」

「うん、なに?」


「あのブラックと付き合ってるって本当かい?」


その瞬間、あたしは誰かに呪いをかけられたのかと思った。
魔法を無効化するはずのあたしの体はピシッと固まり、横を歩いていたエルバートはその数歩先で足を止めた。


「なまえ?」

「はっ!?びっくりした!何それエルバート、新手の石化呪文!?」

「いや、ブラックと付き合ってるのかって聞いただけだけど…?」

「ぎゃーーー!やめてよサムい!!」


あたしは耳を塞いで全力で頭を横に振った。
誰と!?誰が!!?
付き合ってるだって!?


「違うのかい?」

「違う違う!シリウスはそんなんじゃないの!」


あたしは髪が乱れるのも構わず、首を更に激しく振って否定した。
確かにシリウスは良い奴だ。
性格に難点はあるけども優しいところもあるし意外と頼りにもなる。
でもそれはあくまで友情であって、断じて恋愛感情ではない!


「でも最近よくつるんでるみたいじゃないか。ちょっと前まで仲が悪かったのに。」

「うん……って、よく知ってるね。」

「人間観察が趣味なんだ。特にポッターたちは目立っているしね。」


そう言ってエルバートはいたずらっ子のように笑った。
なるほど、彼の細かな気配りは周りをよく見てるからか。


「……確かに前はシリウスのこと嫌いだったなぁ。ナルシストだし、いじめっ子だし。」

「けっこうハッキリ言うね。」

「まぁね。でもこんなこと言えるのはシリウスがホントは良いやつだからよ。シリウスは勇気があるし、友達を何より大切にしてる。それを知った上での発言だからね!」


そう、最近になってようやく知ったことだけど、シリウスはやっぱりあたしの思っていた通りの人だった。
本の中であたしが知ったあのシリウス・ブラックは間違いなくシリウス本人だ。


「ふーん、そうか…じゃああの噂はやっぱり真実じゃなかったんだね。」

「ウワサ?」


一体なんのウワサだろうか。
聞き返すとエルバートはあたしが知らない様子なことに少し意外そうな顔を見せた。


「知らないの?ブラックが女遊びをやめたっていう……」

「ああ、それのこと。どういう風の吹き回しなんだろうねー。あんなにたくさんの女のコを弄んでおいて!まったくもう!」

「それで、その理由がなまえ・マルフォイっていう本命の彼女ができたからだって……」

「は?………ほぎゃっ!!」

「だ、大丈夫!?」

「〜〜〜〜〜ッ!!」


呆気にとられたあたしは前方にある魔女の石像に気付かずそのまま突っ込んだ。
痛みに耐え兼ねその場に蹲ると、エルバートは慌ててその隣に屈んだ。

なんかあたし今日失態ばっかり……
それもこれもエルバートが変なことばっかり言うから!
あたしはぶつけた頭を押さえながら密かに、隣で心配してくれている善良な男子生徒に恨みを募らせた。


「だ、大丈夫?」

「いったあああ……もう!変な冗談やめてよエルバート!」

「いや僕が言い出したことじゃなくてみんな言ってることなんだけど……知らなかった?」

「知らないよそんなガセネタ!!!みんなって何!?そんなとんでもない誤報が飛び交ってるわけ!?」


あたしはぶつけた痛みとは別の理由で頭を抱え込み悶絶した。
あたしとシリウスが付き合ってる?
つまり恋人同士とか思われてたの!?


「考えただけで寒気がする……!」

「そんなにブラックのことが嫌いなの?」

「そうじゃなくて!シリウスはあたしにとって友達であってそれ以上じゃないんだってば!」


あたしはキッパリとそう言い放った。
もちろんシリウスは嫌いじゃない。
むしろ今では好きな方に分類されるくらいだ。


「好きだけどそういうのじゃないの。分かった?」

「ごめんごめん、分かったよ。」


エルバートは苦笑して降参のポーズをした。
それ以上は何も追求してこなかったのであたしはホッと胸を撫で下ろした。

シリウスが彼氏かぁ……
…………どう考えてもありえない。
シリウスったら女にだらしなさすぎるんだもん。
付き合うならもっと優しくて頭がよくて誠実で………

あたしはチラッと隣を歩くエルバートを見た。


「ん?なに?」


エルバートは不躾な視線にも嫌な顔ひとつせず笑顔で応える。
付き合うならエルバートみたいな人が理想かも。


「エルバートはモテそうだね。」

「いや、そんなことは……あれ?あそこにいるのブラックじゃない?」

「え?あ、ホントだ。」


廊下の奥に見えた二人の人影。
そのうち壁に凭れているのは確かにシリウスだ。
そしてもう一つはシリウスと向き合う形で立っている。
誰かは分からないが女子生徒のようだ。


「おーい、シリウ……」

「急に別れるなんて、納得できないの。」

「!?」


聞こえてきたその声に、あたしは振りかけた手を止めた。






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