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「あなたたちが、凛々の明星?」

夕暮れの町、ダングレスト。
仕事を終え、酒場で一息ついていたカロルとユーリに声をかけたのは見るからに怪しい人物だった。
頭からすっぽりと被っているマントはよく見ればアスピオの魔導師のもののようだが、薄汚れていて明らかに他のアスピオの人間とは空気が違う。
顔もよく見えないが、その声から辛うじて女であることだけが分かった。

「どんな依頼でも引き受けてくれるって、本当?」

ユーリたちの返事を待たずに女は続けた。

「ああ、倉庫整理に探し物、要人の護衛まで何でもやるぜ。」

「ちょっとユーリ、それじゃうちが雑用ギルドみたいじゃない。」

ユーリの紹介にカロルが不満の声を上げた。
確かに倉庫整理も探し物も要人の護衛もしたけれど、もうちょっと別の言い方があっただろうに。

「探し物に護衛、ね。うんお誂え向きだわ。」

女は満足げに口元を吊り上げた。

「っつーと、依頼はその類か?」

「まあね。ここじゃ何だわ。奥の部屋に行きましょ。」

そう言うとマントの女は奥の部屋へと入っていった。
ユーリもそれに続こうと席を立ったが、それをカロルが止めた。

「ま、待ってよユーリ。あの人…なんか怪しくない?」

「そうだな。ま、話くらいは聞いてやってもいいんじゃねーの?」

「ちょ、ちょっとぉ〜。」

そう言うとユーリはそのまま女の後について奥の部屋へと行ってしまった。
明らかにアスピオの魔導師とは違った雰囲気、汚れたマント、彼女の依頼はきっと厄介な物だとカロルの危険センサーが告げている。
…が、ギルドの首領としてもはや話を聞かないわけにはいかない。
カロルは嫌な予感にため息をついてユーリの後に続いた。


******


パタンと最後に部屋に入ったカロルがドアを閉めると、女はマントを脱ぎ始めた。

「わざわざ別室に来たってことは、何か聞かれちゃまずい話なのか?」

「ううん、むしろできるだけ多くの人に聞いて欲しいくらいよ。ただちょっと万が一にも帝国の人間に聞かれちゃ面倒だからね。」

「お尋ね者みてーな言い草だな。」

「お尋ね者、か。否定はできないわね。」

「ってことはやっぱり厄介な依頼…?」

カロルがおずおずと尋ねた。

「そうよ。」

ばさり、とマントが脱ぎ捨てられた。
外気に晒された長い黒髪が、女が頭を振ったのに合わせてたおやかに揺れる。
凛としたこげ茶の瞳がにこりと細められる。

「元の世界へ戻る方法を探してほしい。…それがあたしの依頼よ。」

腰に手を当ててはっきりと女はそう告げた。
明朗快活な声だったが、ユーリとカロルはその言葉の意味が分からずきょとんと目を丸くした。

「元の…世界?」

「また魔導器を使えるようにして欲しいってことか?悪いがそれは…」

「ちょっとちょっと!変な深読みしないでよ。元の世界っていうのは、あたしがいた所、あたしの生まれ故郷のこと!」

「はぁ?」

女はぼすんとソファに腰を下ろした。
ユーリたちはまだ事態が飲み込めずにいる。

「話せば長いわ。まぁ座って。」

そう言って女はにっこりと笑った。



******



女の名はなまえ。
数年前まで日本という、このテルカ・リュミレースとは別の世界にある島国で暮らしていたそうだ。
それがある日突然、気がつけば見知らぬ森に一人取り残されており、魔物に襲われあわやというところを通りすがりの騎士に助けられた。

「金髪の。羽化したてのセミみたいな羽のマントを付けた騎士だったわ。」

「セミ…」

そして帝国に保護されたのだがなまえが異世界から来たと分かるや否や、待遇は保護とは名ばかりの監禁に代わり、アスピオでまるで実験用のマウスのような扱いを受けてきた。
それがタルカロンが出現した折、崩落の混乱の中逃げてきたのだという。

「元の世界に戻るために協力してくれるって言う話だったのに、意味もなさそうな血液検査だの体内エアルの測定だの。全然外にも出してくんないし!」

「まぁ帝国らしいっちゃらしいわな。」

「そだね…」

カロルが苦笑いしながら答えた。
ユーリは納得したようだが、まだカロルにはにわかに信じられないようだ。

「でもね、実験自体は崩落のちょっと前から止んでたのよ。指揮してたアレなんとかっていう騎士がいなくなったとかで。」

「……」

「それにきっと奴ら、あたしはあの崩落に巻き込まれて死んだと思ってるわ。」

「なるほど。生きてると分かったら連れ戻されるかもしれない。だから帝国の人間に聞かれちゃまずいってことか。」

「ご名答。」

なまえはユーリを指してニヤリと笑った。

「それさえなければ言いふらして回って、方法を知ってる人を広く募りたいくらいよ。」

「でも、異世界に渡る方法知ってる人なんているかな。」

カロルが言った。
星食みを倒したあの旅で世界中を回ったが、異世界なんて話は聞いたことがない。
情報を探したとしても何か目ぼしい物が見つかる確率はかなり低いように思える。

「世の中こんだけたくさんの人がいるのよ?一人くらい何か知ってる人がいてもおかしくないわ。」

「それはそうかもしれないけどさ…」

「もう、悲観的なちびっこね。」

なまえはため息をつきながら言った。
カロルが悲観的と言うよりはなまえが楽観的すぎるとユーリは思ったが、なまえの考えは正しい。
可能性が低いからと言って諦めてしまえば、望みはけして叶わない。
そしてその低い可能性にかけるために、彼女は自分たちを頼ってきたのだ。
なかなか骨のあるやつのようだ、とユーリは口端を上げた。

「いいじゃねえかカロル、引き受けようぜ。困ってるやつを放っておくのは義に反する。つまり掟に反するぜ?」

「はぁ…そうだね。でも難しい依頼なんだから、報酬はそれなりにもらうよ。」

うちだって経営それなりに苦しいんだからね、とカロルは付け足した。
異世界からきた人間に払える物がちゃんとあるかどうかというのも、心配事の一つだ。
するとそんなカロルの心配を他所に、なまえは手荷物をごそごそとあさり分厚い札束を3つテーブルの上に置いた。

「30万ガルドあるわ。とりあえず手付金はこれでいい?」

「さ、30…!?」

思いがけない大金にカロルは絶句した。
確かにそれなりに貰うとは言ったが、そんな大金がぽんと出されるとは思ってもいなかった。
間違いなく今までの依頼の中で最高金額の報酬だ。

「元の世界へ戻る方法の調査・探索とその間のあたしの護衛。やり遂げてくれたら成功報酬として100万払うわ。」

「ユーリ!これは受けるしかないよ!」

「カロル先生は現金だな。」

「しかたないでしょ、ギルドの経営だって厳しいんだ。誰かさんの保釈金とか…」

「悪かったって…」

さっきまでの怖気づいた態度とは一変して、カロルは俄然やる気を見せていた。
手付金、成功報酬合わせて130万ガルド。
それだけあればギルドを一気に大きくできる!
カロルは期待と夢に胸を膨らませた。

「夜空にまたたく凛々の明星の名にかけて、お仕事お受けします!」

「ふふ、よろしくね。」

そう言ってなまえはにっこりと笑った。
こうして凛々の明星と異世界から来た女の奇妙な旅が始まったのだった。



******




「ところで随分金持ってんだな。コツコツ貯めてきた貯金…ってワケじゃないよな?」

「そっちの彼はホントに鋭いね。別に盗んだとか奪ったとかじゃないわ。アスピオが崩落した時にそれまでの給料として貰ってきただけよ。」

「それって火事場泥棒じゃん!」

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