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「げ、アスピオに?」

なまえはあからさまに顔をしかめた。
次はなまえを研究していたアスピオへ行ってみるのが得策じゃないかとカロルが提案した。
…が、それに対するなまえの反応は、どう控えめに見ても賛成とは言い難かった。

「もっと別のとこから行かない?」

「別のとこっつったって他に目ぼしいとこもないだろ。もしかしたらアスピオのやつら、お前を研究したことで何か分かったことがあるかも知れねえし。」

「そうかもだけど…」

ユーリが諭すも、やはりなまえはアスピオ行きに難色を示した。

「あたしパス!ハルルに友達がいるから、そこで待ってる。」

「パスってお前…」

「アスピオは任せた。」


そういうわけでカロルとユーリはハルルでなまえと別れ、二人でアスピオに訪れた。
一年前タルカロンの出現で大部分が崩落してしまったアスピオだが、復興も進み、もう町としての形が出来ている。

「でもどうするの、ユーリ。部外者の僕らが言ったって何か教えてくれるかなぁ。」

「そういう時のためのリタだろ。」

「……リタが聞いたら怒るよ。」

カロルが苦笑いしながら言った。
しかしユーリの言う通り、リタに頼むのが一番確実で手っ取り早いだろう。

町の外れにあるリタの家。
以前より少し大きく建てたようだが、相変わらず窓から見える中は研究資料やら何やらで溢れている。

「おーいリタ、いるかー?」

ユーリがドアを叩きながら言った。
ドンドンドン、ドンドンドンと何度も叩くものの、返事はない。

「寝てんのか?」

「かもね。どうする?」

「どうするってそりゃあ、ここはカロル先生の出番だろ。」

「ええ!?」

そう言ってユーリはニヤリと笑った。
研究に没頭しがちなリタが、電池が切れたように居眠りをすることは珍しいことじゃない。
そしてその寝起きが最悪なことも彼らはよく知っている。
かといっていつ起きるか分からない、しかも起きてもまた研究に没頭して訪問に気付かない可能性が高いのだ。
ここは今、ムリヤリにでもこちらの用件を通すのが得策だろう。

「殴られるのは僕なんだよ?」

「成功報酬。」

「うっ……」

カロルの頭の中で依頼が成功した暁に支払われる100万ガルドとリタに殴られる痛みが天秤にかけられた。

「わかったよ…」

そして天秤はあっけなくガルドに傾いた。
カロルは自慢のカバンから細い針金を取り出し鍵穴に差し込もうとした。
その時、

「ぶぎゃっ!」

「おっと。」

「えっ、あ、あんたたち!?何してんのよ人んちの前で!」

いきなり開いたドアにカロルの顔面は直撃を食らった。
ドアを開けたのはリタだった。
彼女はアスピオ魔導師の格好ではなく、ユーリたちと旅をしたときと同じ、出かける身支度を済ませていた。

「よう、久しぶり。もしかしてどっか出かけるとこだったか?」

「え、あ、ま…まあね。そういうあんたたちは何なのよ。特にそこのガキんちょ。」

リタは傍らに倒れるカロルを指した。
鍵を開けて勝手に中に入ろうとしてました、なんて言おうものならせっかく会えたリタを烈火のごとく怒らせるのは目に見えている。

「まぁちょっとヤボ用でな。聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「手短に済ませてよ。こっちだって用事があるんだから。」

カロルが倒れている訳をさりげなく流し、ユーリはなまえから受けた依頼のことを話した。
話を聞いたリタは少し考えてから口を開いた。

「異世界、ね…。そういう研究をしてるって話は聞いたことあるわ。」

「ホントに!?」

予想外の手がかりにカロルは色めきたった。

「ばかばかしくて興味もなかったけど。まさか披検体がいたなんてね…。」

「その研究に関わってたヤツは?」

「研究室にいると思うけど…会わないほうがいいんじゃない?その子が生きてるってことをわざわざ知らせることになっちゃうわよ。」

「それもそうだな…」

「どの道、研究自体はもう凍結されちゃってるんだから無理に会う必要もないわ。資料だけなら保管してあるはずだから持ってちゃえばいいんだし。」

なんでもないような顔をしてしれっと言い放つリタに、2人は呆れた顔を隠せなかった。

「…貸し出し許可とかくれるわけ?」

「何言ってんのよ。そんなん出るわけないでしょ。」

「だよな。」



******


2時間後、ユーリたちはリタといっしょにアスピオを後にした。
カロルの鞄の中には、来たときには無かった分厚いファイルが入っている。

「………警備に問題ありなんじゃねーの。」

「それ、ユーリが言うんだ。」

「復興やら何やらでいろいろと手が足りないのよ。あんた火事場泥棒って知ってる?」

「示唆したやつの言葉じゃねえな。」

手段に若干の後ろ暗さはあるものの、とにかく情報は手に入った。
ファイルの中身はなまえの待つハルルで見るつもりだ。

「で、リタはどっかに出かけるとこじゃなかったのか?」

「あ、ああ、それね!うん。べ、別に大した用事じゃないんだけど…その、エ、エステルがハルルに来てるって言うから……」

リタは恥かしそうにそっぽを向いた。
この意地っ張りな性格は今も直っていないらしい。

エステルは以前の旅の途で決めた通り、ハルルに居を構えた。
と言っても、やはり王族、しかも皇帝の補佐をしている人間がそうそう城を離れられるはずもなく、住居と言うよりはたまの休みに骨を休めるための別荘のように使っている。

「へぇ、エステルのやつハルルに来てるのか。ちょうどいい。俺達もなまえの所に行く前に顔見てくか。」

「そうだね!エステルはなかなか会えないもんね。」

「何?あんたらの用事もハルル?」

「依頼主サマがハルルの友達の所で待ってるらしいんでね。」

「ふーん。」

なんだかんだでちょくちょくエステルに会いに行っているリタと違って、カロルとユーリがエステルに会うのは本当に久しぶりだ。
積もる話もあるだろうが、きっと少しくらい遅くなってもなまえは文句は言うまい。

3人が花の町ハルルへ着くころ、空は夕焼けに染まっていた。



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