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フレンと別れ、ラピードを加えて帝都を出た一行は、なまえが発見されたという場所―クオイの森を目指した。
「クオイの森か。」
「それってどこなの?」
地理に疎いなまえが尋ねた。
「デイドン砦の西…つまり戻ることになる。」
「あら、近いのね。拍子抜けだわ。もっと遠くだと思っていたのに。」
ならこっちよね、とスタスタ行ってしまおうとするなまえの首根っこをユーリが捕まえた。
この依頼人は戦えないくせに前へ前へと行きたがる。
この辺に出る魔物はまだザコだが、あちこち行くなまえに気を配りながら戦うのは骨が折れる。
「心配しなくても自分の身くらいは守れるわよ。倒すまではいかなくとも。」
「お前の護衛も依頼に含まれてるだろうが。チョロチョロされちゃ仕事がしにくいんだよ。」
「そう。難しい仕事のほうがやりがいがあるわね。よかったじゃない。」
そう言ってなまえは鼻歌交じりに歩き出した。
行いを改める気は無いらしい。
ユーリはため息をついた。
「なまえってほんとマイペースだね。」
「しかたねえな…ラピード、なまえについててやれ。」
小回りのきくラピードならなまえを見失うこともないだろう。
ラピードは一度だけユーリを見上げると、なまえのあとを追いかけていった。
******
「フレンがくれた地図によれば。なまえが保護されたのはこの辺みたいだよ。」
クオイの森の深奥部へ差し掛かったころ、地図を広げてカロルが言った。
「どうだ?見覚えあるか?」
「まぁそりゃあるけれど…これといって手がかりらしい物は無いわね。」
なまえがあたりを見回して言った。
鬱蒼と木々が生い茂り、魔物たちの鳴き声が聞こえる。
「追憶の迷い路みたいに時空の歪みみたいなものでもあれば分かりやすいのにね。」
「何それ、そんなものがあるの?怖い世界ね。」
「こっちでもアレは特殊だ。とりあえずこの辺探ってみようぜ。」
ユーリの提案で一行はこのあたりで手がかりを探すことにした。
しかし具体的に何を探せばいいのかは誰もわからず、ただ時間だけが過ぎていった。
いつの間にか辺りは薄暗くなり、剣で茂みを掻き分けていたユーリは顔を上げた。
「もうこのへんにしとこう。これ以上ここにいるのは危険だ。」
「うん、そうだね…あれ?なまえは?」
同じく顔を上げたカロルはなまえがいないことに気づいた。
ユーリもぐるりと見回してみたが、確かに目の届く範囲になまえの姿はない。
またか、とユーリはため息をついた。
「っとに、あの奔放ヤローは…」
「ユーリ、なまえは女の子だからヤローじゃないよ。」
「どうでもいい、そんなこと。早いとこ探すぞ。ラピードも付いてるから近くにいるはずだ。」
「うん。」
そうしてなまえの元の世界に戻る手がかりの捜索は、一転してなまえ本人の捜索へと変わった。
「なまえー。」
「おーい、帰るぞー。」
二人は方々に声をあげてなまえを探したが、一向に返事はない。
まさかどこかで魔物に襲われでもしたか、と嫌な予感がユーリの頭を過る。
その時、遠くからラピードの声がした。
「こっちだ!」
「え、ちょっとユーリ!?そっちは…!」
カロルはユーリの走りだした方向を見てぎょっとした。
ユーリ自身もそっちに何がいるかは知っている。
知っているからこそ、ユーリはラピードの声のした方へと急いだ。
なまえは思いの外すぐに見つかった。
薄暗がりの森の中、ただ一点をじっと見つめている。
どうやら無事なようだ。
ユーリはホッと息をついて、彼女の傍に付いていたラピードの頭を労いの意を込めてぽんとなでた。
「うろうろすんなって言っただろ。」
怒気を孕んだ声でユーリが言うと、なまえはチラリとだけユーリのほうを見た。
「うん、ごめん。」
まったく心ここにあらずといった風に謝るとなまえはまたすぐに視線を戻した。
いったい何があるのかとユーリもそちらへ目を向けると、木々の奥に薄ぼんやりと巨大な翅が上下するのが見えた。
キメラバタフライ、クオイの森を根城にするギガントモンスターだ。
「あれ、ここに来たときに見たわ。」
なまえがキメラバタフライから目を逸らさないまま言った。
「この森の主みたいなもんだ。勝てない相手じゃないが厄介だな。」
「主を‘勝てない相手じゃない’か。頼もしいわね。」
そう言ってなまえはフフッと笑った。
しかしその笑みはすぐため息に変わった。
『ホント、世界が違うわ。』
「ん?何つった?」
なまえがポツリとこぼした言葉は小さくてユーリには聞き取れなかった。
いや、聞き逃したのは声が小さかったからだけではない。
あれはユーリにとって耳慣れない言葉だった。
「何でもないわ。…ところでユーリさん?」
にっこり笑って振り返ったなまえにユーリは何故かうすら寒いものを感じとり、一歩後ろへ下がった。
そしてその予感を裏切ることなく、なまえはすっとその細い指でキメラバタフライを指差した。
「ちょっとアレ、倒してきてくれるかしら。」
「冗談言うなよ、ギガントと戦うような準備はしてねぇって…」
「10万、追加するわ。」
「おーい、カロル!」
報酬の追加にユーリはすぐ手のひらを返し、結局二人と一匹・回復役無しというハードな条件でギガントモンスターに挑むことになったのだった。
「お疲れ様。はい、パラライボトル。」
戦闘が終わり、マヒ毒をくらって座り込むユーリになまえがボトルを差し出した。
「おう、サンキュ。」
「飲み終わったらボトルちょうだい。」
「?」
そう言うとなまえはスタスタとキメラバタフライに近付いた。
何をするのかと思えば翅を調べたり鋭い牙のある口を覗きこんだりしている。
薬を飲んだユーリはまだ少ししびれの残る手足をむりやり動かして立ち上がった。
「不用意に触るなよ。完全に死んだわけじゃないし、毒も残ってれば鱗粉だって体に悪い。」
「ええ…ボトルは?」
生返事をするなまえに内心呆れながらも、ユーリは空になったボトルを渡した。
てっきり鞄へしまうものと思っていたら、なまえはおもむろにそのボトルをキメラバタフライの翅へと近づけた。
「おい待て。」
ユーリは咄嗟になまえの手を掴んだ。
「何?」
「んなもん採取してどうするつもりだ。」
そう、なまえはキメラバタフライの鱗粉をボトルに入れようとしていた。
なまえは何故止められたのか分からないというようにキョトンとしてユーリを見上げた。
「どうするって、調べるのよ。」
「キメラバタフライの鱗粉を持っているのを?」
「ええ、そうよ。」
ユーリの手が緩むと、なまえはさっとその手から離れ、採取に戻った。
「このモンスター、ここの住人から見ても普通じゃないんでしょ?そんなのがいる場所で普通じゃないことが起こった。…関連付けて考えるのはおなしいかしら?」
「いや…まあ何か乱暴な理屈な気もするけどよ。」
「そうね。私もそう思うわ。」
なまえは採取し終わったボトルの蓋をきつく閉め、バッグにしまった。
「それでも、乱暴でも何でも考えられる可能性は全部試してみなきゃ、きっともとの世界へは帰れないのよ。」
真っ直ぐな強い意思を宿した目でなまえはキッパリとそう言った。
黒い瞳の奥に反射した西日がまるで炎のようで、その芯の強さに一瞬魅入ってしまった。
「……そりゃ、途方もない作業だな。」
「だから高い報酬を払ってるのよ。気合い入れてね、凛々の明星さん。」
そう言ってなまえはユーリの横をすり抜けながら彼の肩をぽんと叩いた。
「さあ立ってカロル。早く町へ行かないと日が暮れるわ。」
「ふぎゅう…」
ヘバるカロルを助け起こし、一行は今夜の宿を確保すべく、ハルルへと向かうことにした。