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「あら、いらっしゃい。」
「いやいや、待て待て。なんでお前がここにいるんだよ。」
ハルルのエステルの家を訪ねたユーリたちは、ドアをノックして出てきた人物に閉口した。
対してその人物―なまえはまるで自分の家のようにユーリたちを招き入れようとしている。
「なんでって、あたしは友達のとこで待ってるって言ったじゃない。」
「まさかなまえの言ってたハルルの友達って…」
「なまえー?誰か来たんです?」
全員の頭に導きだされた予想をカロルが口にしようとしたその時、今まさに思い描いていたその人が奥から現れた。
特徴的なおっとりとしたしゃべり方に薄桃色の髪。
「…エステルだったのか。」
まったく、この依頼主は本当に予想の斜め上を行く。
久しぶりの再会に跳び跳ねて喜ぶエステルを、ユーリはどこか疲れた顔で迎えた。
******
ひとしきり再会を喜びあった喜びあった後、一行はエステル邸にあがって夕飯をごちそうになることにした。
と言っても、作るのはユーリだ。
「お前の友達ってエステルのことだったのな。」
手伝いを申し出たなまえにユーリが言った。
「アスピオから最初に来たのがハルルだったんだけどね、そこでどうしようかなあって悩んでた所に、エステルが声をかけてくれたのよ。」
またいつものほっとけない病か、とユーリはスープの味見をしながら思った。
「困ったことがあったら凛々の明星を頼るといいって教えてくれたのもエステルよ。」
「なるほどね。」
なまえのエステルに向ける眼差しは他に比べて随分と柔らかい。
エステルにはかなり心を許しているようだ。
(あんな目もするんだな。)
エステルのことだ。
異世界から来たなんていう荒唐無稽ななまえの話にも真摯に耳を傾け、忙しい中でもできる限り力になろうとしたのだろう。
ユーリはかまどの火に砂を掛け、出来上がった料理をなまえが並べた皿に盛り付けていった。
「さ、できたぞ。」
「意外だわ。料理上手なのね。」
「感想は食べてからな。あっち運んでくれ。」
「はーい。」
******
「よかったです。なまえはちゃんとユーリたちに会えたんですね。心配してたんですよ。」
「エステルに二人の特徴を細かく聞いていたからすぐ見つかったわ。エステルのおかげよ。」
「なんて聞いてたの?」
「ふふ、知りたい?」
「…や、やめとく。」
意味ありげに笑うなまえにカロルは頬をひきつらせた。
そういえば以前、なまえがやけにキラキラしい感じで描かれた似姿絵を持っているのを見かけたことがあるなとユーリは思い出したが、あえてそれを口に出すのは止めておいた。
「それよりこの資料、どうするの?要らないならアスピオに持ち帰るわよ。」
「っと、忘れるとこだった。」
「資料?ちょっとそんなのがあるなら最初に言ってよ。」
「わりわり」
ユーリは軽く謝りながら分厚いファイルをなまえに渡した。
全員の注目を集めながらなまえはファイルを開き、中身を読み始めた。
「異界人調査研究録、か。中は日誌みたいになってるわね。」
「何か有益な情報はありそうか?」
「分かんないわ。量が多いもの。ただ、私にとって読んでて気分のいいもので無いことは確かね。」
なまえは資料にざっと目を通すとすぐにパタンと閉じてしまった。
「リタ、だっけ?これしばらく借りてていいのよね?」
「構わないわよ。持ち出したのはそこの二人だし、あたしは関与してないから。」
「そう。ありがと、借りるわ。」
そう言ってなまえは自分の鞄にファイルをしまった。
「今読まねえのか?」
「あとで一人の時に読むわ。何か手がかりがあったらあなたたちにも後で言う。」
「えー、でもみんなで読んだほうが発見が多いんじゃない?」
「あら、カロル君は私の開腹実験のことまで知りたいの?」
「開っ…!?」
なまえがにっこりといい放った言葉に、カロルは言葉を詰まらせ目を見開いた。
それはカロルだけでなくエステルもリタも、ユーリでさえ同じだった。
「そんな…そんな酷いことまでされてたんですか!?」
「…ものの例えよ。ちょっとプライバシーに関わることもあるから、誰にでも読まれちゃ困るってだけ。」
なまえはあっけらかんとそう告げた。
しかしエステルは納得いかないようで、心配のあまり泣きそうな顔になっている。
それを見てなまえは少し困ったように笑った。
「そんな顔しないでエステル。ホントに何でもないのよ。」
ごめんね冗談が過ぎたわ、となまえはエステルの頭を撫でた。
カロルもリタも冗談かと胸を撫で下ろしていたが、ユーリだけはどこか釈然としない気持ちを抱えていた。
ただ、あのファイルがアスピオに再び戻ることはないだろうなということだけはなんとなく分かった。
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