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その日の夜、ユーリ、カロル、なまえの3人はハルルに宿を取った。
エステルは泊まっていけばいいと言っていたが、残念ながら彼女の家には人数分の布団が無かった。


部屋割りはユーリとカロルが同室、なまえはラピードと一緒だ。
カロルが早々に眠ってしまった後、ユーリはそっと部屋を出てなまえが使っている隣の部屋をノックした。
もう夜も遅い。
眠ってしまっているかとも思ったが、どうぞと返事が返ってきた。
警戒の欠片もない答えに呆れながらも、ユーリは鍵もかかっていないドアを開けた。
中に入るとなまえはベッドの上で件のファイルを広げていた。

「あなただったの。」

「せめて誰か確認してから招き入れろよ。」

「んー、そうね。あなたみたいな狼さんが来るものね。」

なまえはキリのいいところまでざっと目を通すと、ページの端を折ってファイルを閉じた。
ユーリはなまえが使っていない方のベッドに腰を下ろした。
その足元にラピードが丸くなって眠っていた。

「男は狼って分かってんなら、それなりの対応をしろって言ってんの。」

「あなた相手にそんな必要もないじゃない。私は大事な依頼主、でしょ?」

「そりゃそうだけどな…」

信頼されていることを喜ぶべきか、男として見られていないことを嘆くべきか迷った末、ユーリはあえて考えないことにした。

「異世界への渡り方を探すよりお前に世間一般で言う女としての意識を説くことのが難しそうだな。」

「あら、あなたの言うその世間一般の女ってどんなのかしら?」

ほらこれだ。
ユーリは余計なことを口に出してしまったと後悔したが、こうなってしまってはもはや「世間一般の女」が何たるかを答えなくてはならない。
しかしいざそれは何かと問われれば、すっと出てこないものだ。
ユーリは天井を見上げながら考えた。

「あー…なんか大人しくて守ってやんなきゃなんないようなー…とかか?」

自分でも言っていてなんだそれとは思った。
ふわふわとした答えになまえの口からクスリと笑い声が漏れる。

「なにその曖昧なの。でもなるほど、あなたはそういう子がタイプなのね。」

「そうじゃなくてだな…」

「心配しなくても警戒すべき時はするわ。」

そう言ってなまえは後ろで軽く括っていた髪をほどいた。
今日はもう眠るつもりだろう。
その仕種は暗に、ユーリにももう出ていくよう促していた。
今、こんなに近くにいるのにユーリはなまえとの間に確かに壁を感じた。

「そのファイル…」

ユーリはひとつその壁を叩いてやろうと思った。
果たしてどんな音が返ってくるのか。
その高さは、厚みはどのくらいなのか。

「何か有益な情報はあったか?」

髪に櫛を通していたなまえは一瞬その手を止めて視線だけ動かしてユーリを見た。
その目が、壁の姿を物語る。

「…ないわ。無駄足踏ませちゃったみたい。」

なまえの口調はいつも通りのものだった。
当然だ。
彼女はいつも壁を作っていたのだから。
そしてその壁はちょっとやそっとじゃ崩れないことを、ユーリは悟った。

「…そうか。残念だったな。」

「手間をかけさせるわね。」

「いや、手間のかかる依頼だってことは最初から覚悟してるさ。もっと大変な依頼だってこなしたこともある。」

「あら、頼もしいのね。」

ユーリは嘘つきめ、と心の中で呟いた。
なまえはユーリたちに依頼をしたが、そのくせユーリたちを本当に頼ってなどいなかった。
何か有益な情報が入ればラッキーくらいのスタンスで、ユーリたちの目は信頼せずに常に自分で鋭くアンテナを張っている。
あのファイルだってそうだ。
もとの世界に帰るための手立てやヒントがあの中に無かったとしても、ユーリたちが知ることで何かしら役に立つ情報はあったはず。
それなのに開示しないということが何よりもなまえとユーリたちを隔てる壁の厚さを示していた。

「もう寝るわ。おやすみ。」

「ああ…おやすみ。」

なまえ細い背中を見ながら、ユーリはそのまま静かに部屋を出た。その晩、なまえの部屋には夜遅くまで明かりが灯っていた。


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