ショート

□ヘテロ
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小さいころ、男の子になりたいと駄々をこねて母親を困らせたことがある。理由は幼い子供らしく至って単純で、ただ男の子のほうが力が強いから、だった。
あのころは見た目は女の子も男の子も大した違いはなかった。

でも今はどうだ。
あたしの隣で船の手すりに凭れてる人間はあたしとはだいぶ違う。
筋肉のついた体、高い身長、大きな手。
あたしはその指をひとつ掴んで自分の目の前まで引っ張り上げた。
見ろ、指ひとつ取ったって全然大きさが違うじゃないか。


「……おい、何してる」


引っ張ったり折り曲げたりしてもてあそんでたら、隣の彼は呆れたようにその手を取り上げた。急に空っぽになってしまった自分の手をぐぅぱぁと動かして、隣の彼に突きつける。


「ローの手とあたしの手、全然大きさが違うの」
「…そりゃそうだろ」
「ヘンなの。同じ人間なのに、全然別の生き物みたい。」


ゴツゴツしたローの手の感触を思い出しながら自分の手のひらに視線を落とす。それからチラリと隣の生き物を見上げてやっぱり違うと再確認。


「ねぇどうしたらローみたいに背ぇ高くなれる?何食べたらローみたいに大きな手になれる?」
「お前はでかくなりたいのか?」


言いながら体を反転させて海に背を向けたローに倣ってあたしも手すりに背を預けた。


「別に」


ローは空ばかり見つめてる。高いとこを見てれば大きくなれるのかなと思ったけど、さっきまで彼は海を見つめてたことを思い出した。ただぼーっとしてるだけだ。

ローが欠伸をした。その様子を横目で見ながら続いてあたしも欠伸をする。
ローが片手で帽子を被りなおす。あたしも被ってもいない帽子に手をやった。

「…何の真似だ?」
「ローのマネ」

自分と同じ動きをするあたしに気づいて、ローはあたしをジロリと睨んだ。やっぱり不快だったらしい。機嫌を損ねたことは分かってたけど、あたしは懲りることなくローのマネを続けた。

「まったく、なにがしたいんだお前は。」

呆れたようにローがため息をついた。

確かに端から見ればワケの分からないことをしてるのかもしれない。でもあたしはこれでもワリと真剣だったりする。

だってローはズルいくらいカッコいいんだもん。爪先から頭のてっぺん、動作の一つ一つ、全部がカッコいい。ローはあたしの持ってないものをたくさん持ってるから時々うらやましくなる。
だからあたしは少しでもローに近付きたくなった。


「あたしはローになりたい。ローと同じになれたらいいのに。」


そしたらきっとこんなにもローに焦がれることはないのに。
ローの真似じゃないあたし自身のため息がひとつ海に落ちた。


「あーぁ、あたしやっぱり男に生まれたかった。」


すると今度はローがため息をついて、自分の被っていた帽子をポスンとあたしの頭に乗せた。帽子はあたしには大きくて目元まですっぽりかぶってしまうから、急に暗くなった視界に驚いてあたしはわっと声をあげた。


「つまり、お前はおれみたいにスマートでクールでファッショナブルになりたいわけだ」
「そこまで言ってないけど、まぁそう…かな」


あまりに自信満々に言うものだから認めるのは少し悔しかった。
ローのナルシスト。呟いたら帽子の上からげんこつが降ってきた。


「お前はそのちんちくりんのままで充分だ」
「ちんちくりんって…ぶむっ」


帽子の下から上げた講義の声は帽子ごとローの右手に押しつぶされた。うらめしそうに睨み上げればフンと鼻で笑われた。

「足りないものなんかおれが全部補ってやる。お前がおれになる必要なんかない。」



お前がおれと違うのは、おれに愛されるためだろ?

そんなこと言われたらローと違うあたしはもう彼を直視できなかった。赤くなった顔を帽子で隠して小さな声でまた、ローのナルシストって呟いた。







ごん
(いたっ)

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