ショート
□magic hour
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甲板の掃除が終わって、ふうとため息をついて顔をあげた。
海はもう夕日色に染まってて、あぁずいぶん時間がかかっちゃったなぁ、ともう一度ため息をつく。
あの夕日が沈めば束の間の夜がきて、すぐまた朝日が昇り1日が始まる。
そしたらまた掃除して、海眺めて、掃除して……
あたしも地球も、毎日同じことを繰り返すんだ。
延々、ずっと。
なんだか無性に、手に持ったデッキブラシをほっぽりだして声をあげて泣きだしたくなった。
今なら誰も見てないから、このままホントに泣いちゃおうかな……
「おい、サボリ。」
「!」
のっしと後ろから大きな誰かが乗っかってきた。誰かさんはあたしの頭に顎を乗せて重くない程度に体重を預けてくる。
「どうした?湿気たツラして。」
「ロー……」
「泣きそうだぞ?」
「………っ!!」
あたしは慌てて袖口で乱暴に目を擦った。それに合わせてローも揺れて、のらりくらりとあたしの背から離れた。
「泣いてないよ!!」
「…………」
「……ホントだもん………。」
前に回り込んだローは何も言わずにじっとあたしの顔を見つめた。その瞳に諫められたように、嘘の言葉は弱々しくなる。
「……………ちょっと、分かんなくなったの」
ついにあたしは観念して本音を言った。
「あたしこのままでいいのかなって……このまま海賊やってて将来どうなるのかなって…思って………」
「……………」
「自分でなりたくて海賊になったのに……なんだかどうしたらいいか分かんない………」
モップに額をくっつけて足元に視線を落とす。もうとっくにローの顔なんか見れなかった。
ローは何も言わなかった。ただ黙ってあたしの話を聞いてた。こんなこと言って、嫌われちゃったかと思いおずおずと顔を上げると、ローの大きな手があたしの頭に乗った。
暖かい、あたしの大好きな手。その温もりに目を細めた一呼吸の後、ローはあたしを優しく抱きしめた。
「大丈夫だ。」
「え………」
「お前はちゃんと、どうしたらいいか知ってる。」
「でも…」
「何にも言うな…船長命令だ。」
「……あいあい」
ローの手があたしの髪をひとすくいした。その指のあいだをスルリとすり抜けて髪は元の場所へと流れ落ちる。
それから彼はポンポンとなだめるようにあたしの背を優しくたたいた。
「だから今はただ思う存分泣いたらいい。動くのも考えるのもそれからにしとけ。」
「……………う」
泣いとけ、と言われた瞬間、せき止めてた涙が限界を超えて溢れ出した。ボロボロボロボロ、一度流れ出した涙はもう止まらない。どうやらローの胸を借りて泣くしかなさそうだ。
ローの言うとおり、あたしはどうしたらいいか知っている。
海賊になるという夢が叶って、その次の夢が見れずに立ち尽くしていただけ。目の前に漠然と横たわる長い長い人生が怖くて身動きがとれなかっただけだ。
「俺はお前をちゃんと見ててやる。」
頭のてっぺんに、ちゅ、と軽いリップ音が落とされて、それだけで不安も空虚感も吹き飛んでしまう。単純かな?
思いきり泣いたあと、あたしはいつもの自分に戻れた。
マッドタイムはマジックアワーに変わって
そしてあたしの隣にはローがいた。
(夕闇と夜空の真ん中で、手を繋いで)