ショート
□Grin in the bloody puddle
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勝負はクロコダイルさんに分があるように見えた。
少なくとも、私には。
だってあの人が負けるなんて想像もできないもの。
でも事実、彼は腹からとんでもない程の血を流して、力なく壁に凭れて座ってる。
彼の勝利を不本意ながら信じてた私の目の前で。
私はその光景がどうにも信じられなくて、へたりこんだその場から動けずにいた。
ただ目を丸くして彼の無惨な姿を見ていたら、不意に生暖かい何かが地面に垂れていた指先に触れた。
私は驚いてすぐに手を胸の前へと避難させた。触れたものの正体は赤い赤い河で、それはクロコダイルさんから流れて来てた。
私は震えていた。
混乱した頭の中のどこかには妙に冷静な自分がいて、人間って怖いときはホントに震えるもんなんだ、なんてどうでもいいことばかりを客観的に見ていた。
お願い頭の中の冷静な私!どうかそんなことより今この状況を的確に分析してよ!
ピクリとクロコダイルさんの指先が動き、頭が起きた。
彼の瞳が私を映したけど、そこにいつもの鋭さは無い。
「く、クロコダイルさん……」
やっとの思いで出たのは蚊の泣くような情けない声だった。
「…怖ぇか……」
口の端からも血を流しながら彼は掠れた声で言った。
彼に監禁されてた私にとって、彼の死イコール私の自由。喜ぶ理由はあっても怖がる理由なんて無いはずなのに、気づけば私は頷いていた。
「怖がんな…こっち、来い……」
「………」
彼の右手が弱々しくあたしを招く。左手はきっともう動かない。
私はほとんど這うようにして、招かれるままに彼のもとへ体を運んだ。
同じ血溜まりの中に膝をついて見る彼は今にも事切れてしまいそうだった。
か細い呼吸をする彼は、どこにそんなのが残ってたのかと思うほどのちからで私を引き寄せそのまま右手一本であたしを抱き締めた。
それは強く、今までで一番強く。
それなのに胸越しに聞こえる彼の心音は驚くほどか細い。
「クロコ、ダイルさん……病院…病院行こう?」
「馬鹿野郎、喋んな……んなの行く必要ねえよ…」
「でも………」
それは、手遅れだって言う意味なの?
私は初めて彼の背中に腕を回した。
彼の体は大きくて、私が腕をめいっぱいに広げても肩を少し過ぎたとこまでしか届かない。
それでも彼は満足そうに長いため息をひとつついた。
「いいから黙ってそうしてろ………」
その一言で私はついに堪えきれなくなって大声で泣き出した。
彼の最後だということを理解した。私を長いこと閉じ込めていた男が居なくなることをを知った。ようやく訪れる自由を予感した。
それら全部がごちゃごちゃになって頭の中で渦を巻く。
そして渦は絶えず私に問いかける。
なんで悲しいの?って。
(そんなの、私がいちばん知りたい。)
冷たくなってく彼は、血溜りのなかで笑ってた。
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