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「よお。」
「お、はよう…」

翌日の朝の食堂、シリウスはいつもどおり、しかしどこか控えめな感じで声をかけてきた。
あたしのほうが動揺してしまうのは、悔しいがやっぱり経験の差だ。あたしもいつもどおりにしなくてはと思い密かに気合いを入れたが、シリウスが隣に座るとぴょんと驚いて飛び上がり、そのまま隣にいたリリーの陰に隠れるように逃げてしまった。シリウスはリリー越しに不満そうな顔をし、あたしとシリウスに挟まれたリリーは呆れてため息をついた。

「ト、トマト!トマト食べたくなっちゃた!野菜大事だよね!!」

あたしはここに置いてあるトマトを取りに来たのだと言い訳し、真っ赤に熟れたくし切りトマトをこれでもかと自分の皿に取った。シリウスの「トマトみたいな顔して何言ってんだ」とでも言いたげな視線が突き刺さる。うるさい誰が真っ赤だ。

「トマトならそっちにもあったわよ。」
「え?あ、あっれー!?そうだった?全然きづかなかったなー!」
「はぁ…なまえ…」

あたしはリリーのため息に気づかないフリをして取りすぎたトマトを半ばヤケクソに口に詰め込んだ。うぅ、トマト嫌いになりそう…!
リリーが呆れるのもシリウスが不満そうになるのも分かるけども、でもどうすれば良いって言うの!
今こうしてリリーを挟んでみてもあたしの体はまるで反発する磁石みたいにシリウスから離れようとする。それをこの場に押さえつけるのだけでもう精いっぱいなのだ。

空になった皿にまだトマトを盛ろうとしたその時、スプーンでグラスを打つ高い音が広間に響いた。先生の話の合図だ。
あたしも皆も食事を中断して先生たちが座る上座に注目した。いつもなら先生の話なんてかったるいしまだご飯食べたいしで正直早く終われと思ってるけど、今はシリウスの事を考えなくていい時間を提供してくれたことに感謝した。
今日限りはなるべく長引かせてくれ。然る後、さりげなくこの場を去るのだ。
全員の目が集まったことに満足そうに頷いて、ダンブルドア校長がゆったりと立ち上がった。

「諸君。以前から噂は聞いておったとは思うがこの度我らが学び舎に新たな教授を迎え入れる運びとなった。」

広間に拍手が起こる。それは御座なりなというわけでもないが盛大というわけでもなく、今の教授職はすべて埋まっているのに何故だろうという戸惑いの見える拍手だった。それは薬草学の教授助手という名目だったが、その実、魔力を回復させたいあたしのためにダンブルドア先生が特別に手配してくれた講師だった。本当に何から何まで、ダンブルドア先生には頭が上がらない。
それにしても赴任は今日だったのか。別のことで頭がいっぱいだったあたしは、そういえば教師たちの中に見慣れない人物がいることに気がつかなかった。とはいえその人物はここからではちょうど燭台の影になっているうえにつばの広い帽子を目深に被っていて顔が見えない。

「先日肥料を運ぼうとしてぎっくり腰になってしまったスプラウト先生の手助けをしてくださる・・・つまり力仕事をメインにやってもらうことにはなるが非常に頭の良い先生じゃ。皆何でも質問するが良かろう。―エリオット・ルディン教授じゃ。」

そして紹介されたルディン先生は立ち上がり帽子を取った―瞬間、今までまばらだった拍手は歓声とともに割れんばかりの拍手に変わった。

「うわっ、すごい歓声。何かしら。」

拍手と歓声に掻き消されそうになりながらリリーが言った。その熱烈な歓迎コールは全て女子生徒からのものだ。ルディン先生の顔を見た彼女たちは皆顔を紅潮させ友達ときゃあきゃあと何事か囁き合っている。どうやらよっぽどのイケメンさんらしい。
まぁイケメンだろうが何メンだろうがこれからお世話になるんだ。しっかり顔を見ておかねば。女子生徒からの大きな拍手に送られながら、ルディン先生はやっとあたしからも顔が見える檀上中央に来た。
そしてその瞬間、あたしの時は確かに止まった。

「初めまして、みなさん。ただ今ご紹介にあずかりました―ルディンです。」
「卿・・・っ」

そのバリトンボイスにさらに沸く女子生徒たち。その黄色い声のおかげでうっかり滑り出た単語は掻き消され誰の耳にも入らなかった。
が、目の前の事実は残念ながら消えてくれない。
エリオット・ルディン助教授。
ダンブルドアが私の魔力回復の講師にと選び連れてきた男は紛れもなく、ヴォルデモート卿その人だった。

(いやいやいや、おかしいおかしい!絶対おかしい!!あんな危険人物をダンブルドア先生がホグワーツに入れるはずない!!)

そう、きっと何かの間違い、他人の空似。そう思ってあたしはちらりとスリザリン席に座るルシウスを窺った。
彼はもともと白い顔をさらに青白くして呆然とただ周囲に流されるがまま拍手を送っていた。おいこらその顔やめろルシウス。人違いだって言え。
もう一度壇上に目を戻せばエリオット・ルディン氏は二言三言の自己紹介を終え熱烈な拍手を送る女子生徒にさわやかな笑顔で手を軽く振って自分の席に戻っていった。
え、何だあの笑顔。きもちわるっ。

「ね、なまえ、素敵な先生ね!」

まだ鳴りやまぬ拍手の中リリーがそうこっそり耳打ちしたが、あたしは放心したまま生返事しかできなかった。律儀にそれを拾ったジェームズが「それはどういうことだいリリー!?」と食いつき暴れてリーマスに諌められマクゴナガル先生に一纏めに広間からつまみ出されるワンセットをこなすまで、あたしの頭はフリーズしていた。


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