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急ぎ戻ったグリフィンドール寮、太った淑女の前で切らした息を整え合言葉を言おうとした。するとちょうどその時内側から誰かが出てきたようで、寮の扉がギギィと開いた。
それ自体は別によくあることだ。しかし出てきたその人物にあたしはギシリと身構えた。
シリウスだ。

「あ、帰って来たか。ちょうど今探しに行こうと思ってたとこだ。」
「えっなっ、なんで・・・」

何の用かとあたしは分かりやすく狼狽えどもった。口に出さないがシリウスの目はなんだよその反応はと不満の色を浮かべる。

「マクゴナガルの特別授業の日だろうが、今日は。またサボる気か?」
「え、あっ!!」

ため息交じりに告げられた用件に私は声を上げた。完全に忘れていた。そうだ今日はマクゴナガル先生の特別授業の日だった。腕時計に目を落とせば時刻はギリギリ。授業も厳しくて苦手なのだが遅刻した時の大きな雷に比べればそれもかわいいものだ。

「や、やだ!もう今から行っても間に合わないし今からお腹が頭痛だから休む!!」
「ふざけんな腹が頭痛になるか!オラ、行くぞ!」
「いやーーっ!シリウスのあほおおお!!!」

どれだけ抵抗したところで当然シリウスの腕力には到底かなわない。あたしはずるずると教室へと引きずられていった。


******


シリウスはあたしをマクゴナガル先生の待つ資料室まで引きずってきた。逃げないように片手で器用にあたしを捕まえると、空いたもう片方で律儀に4度その扉をノックした。

「失礼します。」
「返事ないよ留守だよ帰ろう。」
「ノックした瞬間で判断するな。待て。ステイ。」

そりゃお前の十八番だろうがと言い返そうとしたが、それは扉の向こうから返ってきたのであたしはぐっとそれを飲みこんだ。いつもよりも声が遠いようだが「どうぞ」と聞こえた。ちなみに今日のレッスンは長いお説教から始まることは20分前にすでに決定している。

「やめようシリウス。どうせ説教されるなら今日はもうサボって後日まとめて怒られる方が良いに決まってる。」
「往生際が悪いぞ、観念しろ。」
「うわわわわ待って待ってってば・・・!」

薄情なことにシリウスはあたしの訴えを少しも考慮することもなくあっさりとドアノブをひねった。解せぬ。ホグワーツでの良からぬことは大体こいつ含むジェームズ達が発信しているくせに、授業のサボタージュというあたしのごくささやかな悪事とも呼べぬほどのわがままに対するこの寛容の無さは何だ。
お前そういうの自分のことを棚に上げるって言うんだからな。

かくして無情にも扉は開かれ、あたしはその奥から飛んでくるであろう怒声に備えシリウスの後ろに身を隠した。だがお説教は始まらない。もはや説教する気も失せるほどに怒らせてしまったのだろうか。あたしはおそるおそるシリウスの影から顔を覗かせた。

いつも特別授業に使っているはこの部屋は資料室とは銘打ってあるもののその実今はほとんど使われていない部屋で、これまた今はほとんど誰も使わない資料が詰め込まれている。低い位置にあった窓は全て大きな本棚で塞がれているため明かりはルーモスと本棚の猛攻を逃れた上の窓だけ。そしてその薄暗い部屋に今日はマクゴナガル先生の姿はない。乱雑に積まれた本や巻物を掻き分けて部屋の奥から現れたのは、金髪碧眼の新任助教授だった。

「げ・・・っ」

あたしは腹の底からこみ上げそうになった悲鳴を何とか押し込めた。ルディン先生はあたしの地獄の鬼に遭遇したような顔など無視して、窓から差し込む光に金髪を透かし爽やかな笑顔を見せた。

「やあ、君がなまえ・マルフォイだね。待っていたよ。」
「アンタ新任の・・・」
「エリオット・ルディンだ。君がブラックかな?」

言いながらルディン先生はまずは手前にいるシリウスに握手を求めて手を差し出した。応じたシリウスの手をぐっと握ってにっこりと人当たりの良い笑顔を見せる。

「君たちはとても仲がいいそうだね。マグゴナガル先生から聞いているよ。やんちゃが過ぎて手に余ると。」
「そ、それはこいつらだけであたしはごく普通の善良な一般生徒…!」
「サボろうとしてたやつが善良とか名乗ってんじゃねえ。」
「うぶっ」

こいつらと同類に見られるなんて遺憾にもほどがあると前言の撤回を求めにシリウスの影から顔を上げた途端、顔面をべちんとシリウスにはたかれた。お前女の子の顔を…!

「それで、何であんたがここに?」

たった今あたしの善良性にケチをつけたばかりのくせに自分はこの不遜な態度だ。闇の帝王相手になんて命知らずなとハラハラしたが彼がそんなこと知るはずもないし、あたしから言うこともできない。
しかしルディン先生はシリウスの失礼な態度に気分を損ねることもなく…いや、気を悪くしたことを微塵も感じさせない完璧な演技で笑顔を見せた。

「私は魔力の底上げに関しては多少の心得があってね。今日からミス・マルフォイのレッスンを受け持つことになったんだ。」
「えっ…!」

なんで、とつい大声を上げそうになったが、そこで私は気がついた。
そうだ、もともと新任の先生が私の魔力回復の指導をしてくれるという話だった。その新任の先生が卿だということはつまり、これから特別レッスンのたびに卿と2人きりにならなければならないということで…

「る、ルーピン先生すいません。あたし今日はお腹が頭痛なので帰ります。」
「なに動揺してんだよ。ルーピンじゃなくてルディンだろ。アホなこと言ってないできっちりがんばってこい。」
「ばっか!お前あたしのためを思うならこのまま素直に寮に帰らせろ!今日があたしの命日になっちゃうでしょうが!!」

そう、卿の個人レッスンなんか笑えないほどスパルタに決まっている。その上この人は変装して偽名を使ってまでこのホグワーツに忍び込んで来たのだ。何するつもりか分かったもんじゃない。
あたしは力一杯に入室することに抵抗したが、それをいつものサボりグセと判断したシリウスもまたあたしを新任教師に引き渡すべく全力であたしの腕を捕まえ逃亡を阻んだ。

「ふふふ、どうやら充分元気なようだね。これなら今日ははりきってレッスンができそうだ。」

そう言ってルディン先生は笑った。それは一見とても爽やかで人好きのする笑顔だったけれど、あたしは見てしまった。目が笑ってない。くだらん茶番で俺様の時間を浪費するなとっとと入れ、とその目が語っている。

「ええ、元気だけが取り柄なんでぶっ倒れるまでしごいてやってください。」

卿の目に怯んだ隙をついてシリウスはぽいっとあたしをルディン先生に引き渡してしまった。大変余計な一言まで付けて。もう一度言う。この人闇の帝王ぞ?ぶっ倒れるってつまり死ぞ?
そんなあたしの心の叫びも虚しくあたしの肩にぽんとルディン先生の手が置かれる。軽く添えられただけのその手に異様な圧力を感じた。

「ああ、任されたよ。」

そしてまた完璧な笑み。
シリウスは素性を知らない新任教師にまだ完全には信用ならない目を向けたが、軽く会釈をすると去っていってしまった。
あたしは待ってとも助けてとも言えない口を無様にはくはくさせながら、その後ろ姿を見送った。


そしてあたしは腕を引かれ資料室へと招き入れられ、その扉は無情にも閉じられた。



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