輪廻転生

□無意識に、胸元へと指先を手繰らせた
1ページ/1ページ


後悔は、


数えきれないくらいした。


だから、











静かな音色を奏でる輝くオーブの海を背にしながら、カガリは感嘆の吐息を零してそっと眼前の大樹に触れた。
見上げた先には、大きくそびえ立つ一本の桜。
毎年、この時期を迎えると見事なほどに美しい、薄紅色の鮮やかな花弁を咲き誇らせる。

「今年も、綺麗に咲いたな」

うっとりと呟いて、笑みを綻ばせたカガリは心地よい風に吹かれて舞いあがる小さな花びらに手を伸ばす。
一枚、二枚、三枚と。手のひらの上にひらりと舞い落ちる可憐な花びらを見つめて、包み込むように握り込んだ。
そのまましゃがみこむようにして根本に触れて、それから指先を土の上へと辿らせる。
土を撫で、舞い散った桜の花びらをかき集めて、小さな山を作るとその上に先ほど手にしたばかりのみずみずしい花びらを数枚乗せて、カガリは満足気な笑みを口許に携えた。

「よし」

そんな言葉を漏らして、ぱっと立ち上がるとくるりと海に身体を向けて、右手を額の上に翳す。
太陽の光が海面に反射して、きらきらと輝いていた。
その光景の、なんと美しいことか。
昔から、カガリはオーブの海が好きだった。
だからいつも、何か悲しいことがあったり、悔しいことがあったり、泣きたい時には必ずと言っていいほどこの海を眺めた。
夏も、秋も、冬も。
この樹の下で、海を眺める。
そして毎年、この季節になるとカガリは桜の樹を眺めに毎日、帰宅前にここまで足を運んでいた。
人気のないこの場所に誰かが訪れることは滅多にない。
ここは、カガリが一人占め出来る、特別な場所だった。
もっとも、この海岸沿いに向かって、更に向こう側の高台にならば、時折、花束を持った人間が足を運ぶこともたまにある。
あの高台には、古い、古い、慰霊碑があるから。
古いけれども、ずっと大切にされている、慰霊碑が。

「少し遠いけど……」

久しぶりに行ってみようかなと、カガリはゆっくりとした足取りで高台を目指した。
潮風に、髪を舞わせながら、全身で自然を堪能する。
波が奏でる心地よい音、肌を撫でるような柔らかな風、春うららかな太陽の陽射し、木々や花が咲き誇る豊かな風景。
その全てを楽しむカガリの足取りは、軽やかだった。

暫く歩いて、ほどなく。

目的の場所が視界に入り、カガリは瞳を細めて視線を向けた。

──誰かが、いる。

珍しい、そう思いながらも。
そのまま歩を進めて、そこでカガリは思わず足を止めた。
視線の先に、制服を身にまとった一人の青年。
その青年は、藍色の髪を風に舞わせながらも静かに慰霊碑を見つめていた。

桜の花ひらく春の季節。
三月八日、運命の出逢いが果たされようとしていた。



.


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ