短編小説2

□7mミルキーウェイ
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「……分かんねぇじゃん、天気なんて」
「少なくともここ4年はバーベキューしてないよね」
「…………ぅっ、ぅ」
「泣くなよ。男だろ。」
「男だから泣くんだよバッキャロー!」

そう、夏姫の言うとおり、ここ4年間の七夕はずっと雨が続いていた。
なんで覚えてるかって?

付き合い始めてから一回も夏姫ん家に入った覚えがねぇからだよ!

約7mの道路。

それが俺達には越えられない。

「俺、織り姫と彦星の気持ち分かるわ……。年に一回のチャンスですら日本では梅雨真っ盛りだよ……可哀想に」
「……ごめん風彦、なに言ってるか全然聞こえない」
「ちくしょうこの7mが憎い!」
「この道たぶん7mも無いよ」
「あるだろ!ぁっ、計るか!?そうだ計るか!?よっし、こっちからそっちまでだいたい何歩かで分か、」
「こっちくんなし」
「壊れるほど愛しても!三分の一も伝わらねぇえぇぇッ!」
「ありがとう」

いや、そもそもな、なんで付き合い始めたら部屋に入れてくんないわけだ?
むしろ逆だろ、部屋でいちゃつくのがセオリーだろ!

「セオリー通りの恋愛なんて……、」

そう言ってアンニュイに、熱く焼けたコンクリートを見つめる俺の彼女……兼、幼なじみだから分かるぜ。

「あんまなんにも考えてねぇだろ」
「うん」
「ですよね!」

いや、ほんと聞きたいわ。

「……なんで部屋入れてくんないの?」
「…………だって、クラスメートの子が言ってたんだもん」
「なんて?」
「……恋人を家に入れた瞬間、もしくは恋人の家に入った瞬間、もうそれは襲われても文句言えないって」
「………………はいぃっ!?」

家に恋人を……!?
襲われる……!?

はぁッ!?なんだそれ!

……なんつーか!
なんつーか、ほんと!

「なんで女の意見ってのはこうも極論なんだろうな!」

いや、ほんと!

つか俺ってそんな信用無いか!?

そんな理由で4年も俺は天の川ばりの道路に悩まさせられてたわけか!
ふざけんなよミルキーウェイ!

「つか考えて!考えて夏姫ちゃん!」
「なんですか」
「俺、4年も我慢してんだよ!?今更合意も無しに手ぇ出すと思うか!?」
「思わないです」
「じゃあっ、」
「だから、……ってんじゃないの、」

ぼそり、と夏姫の口から零れた言葉。

普段から飄々としている彼女には珍しく歯切れの悪いその言葉は、目の前の天の川を越えては届かなくて。

俺は自然的に聞き返していた。

「夏姫?なんか言ったか?」
「……7mが憎いわ、」

ふぅ、と、聞こえるはずのない彼女の小さな溜め息が聞こえた気さえする。
それくらい静かになった、住宅街の真ん中。

「…………」
「…………」

じりじりと照りつける太陽。
なのに、蝉の声さえ聞こえない。

そりゃそうだ。

蝉は梅雨明けから鳴くんだからな。

「風彦、」
「……なに、」
「…………鈍感。」

今日は何日だ?

7月6日。

七夕の前日だ。

「だから、言ってるんじゃないの」

七夕は、バーベキューの日で。
織り姫と彦星の逢瀬の日で。

「……晴れたら、」

でも、ここ4年はずっと雨続きで。

織り姫と彦星は日本じゃ会えていないわけで。
そしたら当然、俺達もこの約7mの道路を越えられないわけで。

「明日、……晴れたら、」

晴れないと、逢えないんだ。

俺達二人も。
夜空の二人も。

「晴れたら、……部屋、入って良いって、……言ってるんじゃ、ないの」

真っ直ぐな瞳が俺を見つめる。
7m先から、真っ直ぐに。

その頬が赤いのは、きっと。

太陽のせいだけじゃない。

「……じゃあね、」
「…………すいか、」
「夜にパパに取りに行ってもらう」
「……分かった」

くるり、ときびすを返した少女。

ふわりと揺れるスカート。
一瞬だけ肩から浮いた長い黒髪。

……だー、ちくしょう。

「なつきッ!」

名前を呼べば、夏姫はどこかバツが悪そうに振り返えった。

「……なに、」

俺達の間の天の川。

…………ちくしょう、頼むぜお天道様。

「てるてるぼうず、作れよ」
「…………っ、」
「得意だったろ。……作れよ、」
「……わかったわよエロ彦!」

ばんッ!

見たこともないくらい頬を染め上げた幼なじみは、見たこともないくらいに乱暴な仕草で家へと入っていく。

残された俺は、ただ、ぼんやりと真っ青な空を見上げていた。

……頼むからこのまま晴れててくれよ?

俺らの姫さんに一泡吹かせてやろうぜ、……なぁ?

彦星さんよ。

「あーした天気になぁーれっ!」

懐かしい文句とともに、青い空を俺のスニーカーが舞った。


















END.






→2010年7月7日は曇りでした!(笑)
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