短編小説2

□世界崩壊のお知らせです
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自由にならない体を無理に揺すれば、ぎっ、ぎっ、とスプリングが軋むような音がする。
頬に感じる柔らかい感触。

目隠しされて、縛られて、ベッドに寝かされてる?

なんで、なんでだ……?

俺は大学を出て、本屋で小説買って、コンビニでみどりの好きなケーキ買って、それで帰って来たはずなのに。

ここはどこだ?
なぜ俺はこんな目にあわされてる?
清く正しく生きてきたはずだ、こんな目にあわされなきゃいけないほど誰かに怨まれる覚えなんてない。
誘拐された?
まさか、だって家ん中で殴られたっぽかったぞ、さっきのは。
そうだよ、家ん中で…………。

「……みどり、」

そうだ、家ん中に変質者が居たんならみどりはどうなったんだ!?
まさか、俺より先に誘拐されたとか無いよな!?
まさか、そんな……!

「みどり!みどり、居るか!?」

もしかしたら、俺と同じめにあわされて横に転がされてるかもしれない。

そう思った俺は、唯一自由になっている口で、近くに居るかもしれない妹へと声を張り上げた。

「みどり!居たら返事しろよ、みどり!」
「…………なぁに、おにいちゃん」

ふわりと聞こえた柔らかい声。

真っ暗な視界の中で聞こえた、聞き慣れたそれに俺はほっと息を吐いた。

「みどり!大丈夫か!?」
「うん、へいきよ、おにいちゃん」
「そっか……良かった、なんにもされてないんだな?」
「ふふっ、誰になにをされるの?」
「ぇ……?」

……なんだ?

なにかがおかしい。

「ごめんねえ、おにいちゃん」

これは誰の声だ。
この、掴みどころのない霧のような、ふわふわとした朧げな声は。

「痛かったよねえ」

くすくすと笑う声。
誰かの移動する気配。

……思い出せ。

意識を失う瞬間に見えたあの長い髪は誰のものだった?
霞んで行く視界に映った、細い足は?

みどりの部屋から出てきた誰かに、俺は殴られたんだ。

「…………うそだろ、」
「嘘じゃないよう。ごめんねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんを助けるためにはこうするしかなかったの」
「……じゃあ、お前が、」

まさかと思って嗅覚を働かせてみれば、頬に感じる布団らしきものからは確かにみどりの使っている香水の匂いがした。

…………うそだろ。

「みどり……なんで、こんな、」
「ずっと助けてあげられなくてごめんね、おにいちゃん」
「なぁ!?みどり……っ!?」
「もう大丈夫だからね」

揺れてはっきりしない声。
成立しない会話に、俺はこの時初めて、妹の異常さを感じとった。

「どうしたんだよ、みどり……!」
「あの女……いやらしい、あたしのお兄ちゃんに色目使って……、」
「みどり……?」

みどりが何を言っているのか分からない。

きっと、みどりはおかしくなってしまったんだ。
家族の中で自分だけが血の繋がらない人間だと知って、悩んで、十代の不安定な心が優しいみどりにこんなことをさせたに違いない。

俺が……兄貴である俺が、こいつの味方になってやんなきゃ……!

そう思った俺は、声を出すたび痛む頭に顔をしかめながらも、出来るだけ明るい声でみどりへと話しかけた。

「みどり、お願いがあるんだ」
「なあに?」
「目隠し、取ってくれるか」

とりあえず、顔を見て話しがしたい。

「兄ちゃんのお願い、聞いてくれるな?」「うん、わかった」
「ありがとう。いい子だ、みどり」

まるで、みどりが小学生だった頃にそうしたような話しかけ方。
普段のみどりならそれを咎めただろうけど、今のみどりは気にとめる様子もない。

「ごめんね、お兄ちゃん」

はらり。

目を覆う布が外され。
視界に光が戻ってくる。

しかし。

視界に飛び込んできた光景に、俺は絶句した。

「な…………、」

目隠しに付着した血液?
みどりの少しやつれた姿?

ちがう。

「な、んだよ……これ……ッ、」

昔は見慣れていた部屋。
半年前、最後に入ったみどりの部屋は、信じられないものへと……信じたくないものへと、その姿を変えていた。

「なんなんだ、よ、これ……ッ!」

部屋の壁一面に貼られた俺の写真。

撮った覚えのあるものもあれば、明らかな隠し撮りのものまで。
修学旅行で撮ったような集合写真は、俺以外の人間の顔が真っ黒にマジックで塗り潰されていた。

「なぁ、みどり……っ、」

無くしたと思っていた赤いペン。
見覚えのあるTシャツ。
昔使っていたマグカップに、ボールペンに、消しゴムに、鍵に、薄汚れたバスタオル。

壁に貼られた、一枚の写真。

撮った覚えのない、俺と明菜が手を繋いで明後日の方向を指差す写真。

それの、明菜の顔には。

無数の穴と共に、無くしたと思っていたピアスが刺さっていた。

ずたずたになった彼女の写真を見た瞬間、ゾッと、それまでにないくらいの寒気が俺の背中を駆け抜ける。


 
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