短編小説3
□この分じゃ、また俺の勝ちだな
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どうしても部屋に戻る気にはなれなかったから。
コニャックの一杯や二杯がぶ飲みして、そのまま寝てしまいたい気分だった。
そして、そんな私があずまやから池に石を投げることで苛立ちを解消しているところでやって来たのがこの男。
派手な出で立ちをしたその男の名前は、どこか遠くの地の領主の名だったような、違うような……。
「と言うか苛立ちってなんだ」
「はい?」
「いや、こちらの話だ、気にしないでくれ。で、用件は何だろうか?」
こんな薄暗い庭まで私を尋ねて来たのだから、それ相応の話があるのだろう。
そう思って目の前の彼に微笑みかければ、暗くてあまり見えないのに分かる、どこか安っぽくてわざとらしい笑顔を返された。
……これだから貴族は嫌いだ。
「用件なんてありませんよ」
「…………?」
「あなたと話がしたい、理由はそれだけですよ、フェリシー嬢」
うへえ、嬢とか言われちゃった。
普段呼ばれ慣れない名前にちょっとだけゾッとした。
のも、つかの間だった。
「……あー、すまないがちょっと良いだろうか、ヴィルベルト卿」
「ヴィルハルトです」
「ああ、すまない。ヴィルハルト卿、貴公は私と話がしたかったのではないのか」
「ええ、もちろん」
「じゃあなんだろうかこの状況は」
この状況。
つまり、この薄暗いあずまやでなぜかこの貴族に馬乗りになられているという異常な状況である。
コルセットで締め上げられた腹の上に乗られる苦しみは、された者にしか分からないだろう。
内臓が出そうだ。
「出来ることならすぐにでもどいていただきたいのだが」
「ええ、あなたが一言『イエス』と言ってくださればすぐにでも」
「……どういう意味だ?」
と言うか、なんだか激しい既視感だと思ったら昨日のメルヒオールと同じアングルなんだな。
………………それはまずい。
「すまないが今すぐそこからどいていただけないだろうか!」
「ええ、ですから。たた一言、イエスと」
あー、なんだっけなんだっけ乳母がなにか言ってた気がする……あずまや?あずまやで求婚、憩いの場、求婚、合意……なんかまずい気がする!
「どけ!家の名を汚す気か!」
「まさか。むしろ喜ばれるでしょうねぇ、ガヴェインを手なずけたとなれば」
「手なず……っ、」
なんだ、まわりから私はそんなふうに言われてるのか!?
いや、今はそんなことどうでも良い。
とりあえず剣、剣だ……ってそうだメルヒオールに取られたままだ!!
あの馬鹿従者……ッ!
「どけ、無礼者!」
「女騎士とまで呼ばれたあなたもドレス姿ではただの女性なんですね……はは、それだけで良い話のネタになりますよ」
「っ、貴様……!」
「そんな怖い顔をなさらないでくださいよ。どうです、いつものあの黒騎士でも呼ばれてみては?」
「呼ばれなくともおりますよ、貴族様」
闇から聞こえた、低い声。
ぴたり、と私のスカートをたくし上げていた無礼者の手が止まる。
「主人とお話なさるなら、まずはソレガシを通していただかなくては」
そう言って、無様にあずまやのタイルに寝転ぶ私と無礼者の後ろから颯爽と現れたメルヒオールは私に乗り上げるそいつの首に剣を押し当てているようで。
ぱ、と私から離れた位ばかりが高いそいつは苦虫をかみつぶしたような苦々しさを浮かべつつ、笑った。
「よく躾の行き届いた奴隷をお持ちで」
「……その口、二度と私の前で開かぬことだ。次この者を侮辱すれば、」
「フェリシー、お前も黙れ」
そんなメルヒオールの言葉を聞いた貴族は驚愕に目を見開いた。
当たり前だろうな。
主人にこんな口をきく従者など、私もメルヒオール以外見たことがない。
少し笑ってしまった。
そうして、そんな私と無礼者を見下ろすメルヒオールは、どこか勝ち誇ったような顔で言ったのだ。
「この分じゃ、また俺の勝ちだな」
ああ、分かってる。
剣術も、馬術も、勉学も。
賭けでだって、私はこの従者に勝てたことなど無いのだから。
『この分じゃ、また俺の勝ちだな』