短編小説3
□はじまりはボンネットから
3ページ/4ページ
「こちとらエライことになってんのよバカ!!捕まったら8代先まで怨んでやるわ!!」
『はははは。おっかねーなー』
「ハハハじゃないわよ!!早く脱出ルートでもなんでも教えて!!」
『今こそ発信機の有り難さが分かるね。お前が今居んの屋根裏の倉庫だろ?』
「上に窓があるわ」
『んーと、じゃあそっから出て、西に向かって進んで。屋根伝いに行きゃある程度は進めるわ』
「西って川側よね?」
『うん。そんで、南側より北側寄り目に行って。正面はさすがにパトカーすげーから。梯子車来てんぜ』
「あんた後で覚えてなさいよ!!」
そんな捨て台詞を吐いてから、私は嬉しそうに笑う幼なじみとの通信を切る。
ムカッ腹立ってしょうがないけど、今は一刻も早くここから逃げなきゃいけない。
私はこの部屋にある荷物を足場に、ひらりひらりと天井にある窓へと向かった。
布を掛けてあったヤツなんか、踏んだ感じ完全に彫刻作品ぽかったけど知るもんか。
思いっ切り踏んでやるわ!
そうして天井窓近くへと行き着いた私は、盗みをする時はいつも腰に付けているワイヤーを使って天井にぶら下がる。
全体重を掛けた窓枠がミシ、と音を立てたのに複雑な気分になりながら、難無く鍵を開けて外へと出た。
「……そんな高くないんだ」
そんなことを呟きながら、私は3階立ての屋根から下を見下ろす。
地上には、佑太の言う通りパトカーや消防車がずらりと並んでいた。
「こりゃ確かにそろそろニュースになっちゃうかもなぁ……」
そうなったら面倒だな。
はぁ、と溜め息を吐いた瞬間、バン、と言う音と共に視界が光でいっぱいになる。
やべ、バレた!
いきなり大きなライトで照らされたせいで、蛍が舞うような光が交差する視界の中。
私は慌てて西の屋根に向かって飛び降りた。
『バカじゃねーの!?バレたら意味ねーじゃん!!』
「うっせえわよ!!」
ファンファン、と地上に居たパトカーがいっせいにサイレンを鳴らす音を背中で聞きながら、私は屋根から屋根へと跳び移る。
『とりあえず第三公園まで逃げろ!着替え持って待っててやっから!』
「了解!!でもごめんマジ捕まったらごめんね佑太!」
『もしそうなっても俺の名前は言うなよ』
「あんたやっぱ薄情すぎない!?」
『冗談だって。大丈夫大丈夫、お前はやれば出来る子だから』
なんだかよく分からない励ましをされ、さすがに走りながら喋るのがキツくなって来た私は今度こそ通信機を切った。
そうしてパトカーから逃げるルートを選びながら横っ腹が痛くなるほど走りまくって、私はついに佑太が指定した第三公園近くまで逃げおおせることに成功。
いや、まだサイレンの音は背中に向かって大きくなっているから追っ掛けられてるんだろうけど、あと道を一本渡れば公園の敷地内に入れる。
そしたらもう佑太が待っててくれるわけだから、逃げ切ったも同然でしょ!
それまで緊張のあまり張り詰めていた意識が一気に緩むのを感じた。
ああ、良かった、助かった、って。
私は、公園に向かうため、それまで足場にしていた人様の屋根から塀、塀から地上へと足取り軽く降り立った。
つもり、だった。
ベコン!
「ん?」
塀から地上へと下りたら、なぜか地面からなにかがベコンとヘコむ音がした。
それから、なぜかぐわんぐわんと上下に揺らぐ地面。
なに……?
足元を見れば、そこにはコンクリートじゃないなにか。
……なにこれ、鉄板?
そして、なにげなく。
本当になんとも思わずに右を向けば、そこには大きなガラスと、その中で目をまんまるにしてこっちを見てる今日学校で初めて会ったその人。
その手に握られた、ガラケー。
見つめ合ったまま、時間が止まる。
と。
カシャン。
わずかに聞こえた携帯電話特有の軽いシャッター音は、私が乗っているボンネット、メルセデス・ベンツGなんたらのでっかいフロントガラスの向こうで呆然としている久遠先生の手に収まる携帯電話が発したものなわけであって。
つまり。
学校の先生に、物的証拠を、押さえられまし……た。
「…………」
あまりの事態に私は、逃げることも声を上げることも出来ずにただ呆然とボンネットの上に立ち尽くしたまま、今日会ったばかりのその人を見つめる。
そして、先生も状況が理解出来ないのか、眉一つ動かさないまま私を見つめていた。
風の吹く音すらしない、真夜中の公園前。
そんな空間に、突如小さく響き始めたパトカーのサイレン。
ファンファンファン、という、さっきまでずっと追い掛けられ続けていたそれが近付いて来る音を聞いて、私はやっと我に返る。