長編小説
□あいつおまえのなんなのさ
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『光成・D・ワトソン』
「相変わらず仲がよろしいんですね、うらやましいなぁ。今度あたしも混ぜて下さいよぉ」
兄貴の背を見送っていたおれの耳に、そんな声が入ってくる。
……うん、文面だけ見れば可愛い女の子だよな、間違いなく。
だが。
「ほんとに兄妹なんですかぁ?疑わしー」
そう言って笑う声は野太い。
低い、低すぎる……重低音と言っても過言ではないくらいだ。
そりゃ当たり前だよな。
「ユウヤさんってココさんのなんなんですか、ほんとに」
「兄貴だよ、つーか愚兄だ愚兄」
はぁ、と盛大に溜め息を吐いてから視線を移せば、にやにやと嫌な笑みを浮かべる男と目が合った。
「じゃあ、あたしは?」
「兄貴の部下」
「酷いなぁココさんは」
「ヒドいのはてめぇの頭ん中だ」
目の前の男はここ『Blue Rose』の売り上げNo.3のホストである。
長身だし足は長ぇし八頭身だし。
髪は金髪のさらさらだし、おまけに目は蒼いと来た。
染髪やコンタクトなんかじゃねぇぜ、ナチュラルだナチュラル。
つまりは日本人じゃねぇってこった。
「おれに近付くんじゃねぇよガイジン」
「外人って……差別用語ですよそれ」
「じゃあ日本人じゃない人」
「そこまで言わなくったって良いじゃないですかぁ……あたしだって傷付くんですよぅ?」
「その喋り方も不愉快だ。女になりてぇならその股に引っさがってるしょうもねぇブツ取っちまえよ」
「……酷いなぁ、あたしは男だし気持ちは日本人ですよぅ、ハーフですもん……ほら、名前だってミツナリですし」
もんとか言ってんじゃねぇよ気色悪い、とあからさまに顔をしかめてやれば、目の前の男……ミツナリは嬉しそうにケラケラと笑った。
きめぇんだよ。
「……つーか、お前ってどこ出身だったっけ?」
「出身ですか?産まれはイタリアですけれどそれがなにか?」
「だよな、イタリアだったよな……てことはお前イタリアでも『ミツナリ』って名乗ってたわけ?」
「はい、光成・D・ワトソンです。本名ですから」
……イタリアで光成て。
ギャグかよお前のオカンはなにを血迷ったんだよ。
それかあれか。
今時流行りの歴女か歴女。
「レキジョ?歴女ってなんです?」
「歴史大好き女の略じゃね?」
おれも詳しくは知らねぇよ。
「歴史……あぁ、石田三成のことを言ってるんですね。でもあたしのミツは光ですから違いますよぉ」
「そーですねー」
「未成年の主張ですね!」
「ちげぇよ!笑っていいともだよ!!」
ミノさんじゃなくてタモさん!
ここ大事!!
……つーかさ、光成。
「お前こんなとこで油売ってて良いわけ?」
「……油なんて販売してませんけど?」
光成は不思議そうな顔をしておれを見つめてくる。
このガイジンが!!
「こんなとこで仕事サボってて良いのかよっつってんの!客は?待たせてんじゃねぇのかよ?」
「あぁ、そうだ忘れてた。ココさんに用事があったんですよ」
「……んだよ」
「お腹が空きました何か食べさせて下さい」
「雑草でも食ってろ。はい、次の方ぁ」
にっこりと笑った光成の顔を近くにあった盆で押しのける。
それでも光成はめげない。
そんなガッツ要らねぇ!
「お腹が空きました」
「……客に食わせて貰えよ。売り上げ貢献売り上げ貢献」
「お客様の前で大口開けるなんて、そんな……」
「初デートの乙女かお前は!」
「だから何か食べさせて下さい」
にこにこと笑った表情を崩さないまま、光成は厨房カウンターを離れない。
……まぁ、賄いは普通に用意することもあるから良いんだけど。
光成に食わせてやるのはなんかシャクだ。
「…………カビたパンとか、」
「あたしはどこぞの犯罪者ですか」
「……じゃあ、にぬき」
「固茹では嫌です!」
わがまま言うな!
ってお前『油を売る』は分かんねぇくせに『にぬき』は分かんのかよ!!
「関西人ですから」
「西洋人だろ」
「とりあえずなにか食べさせて下さい。じゃなきゃヨネスケになって近所の住宅に忍び込みますよ。突撃となりの晩ごはーん的な」
「ヨネスケは忍び込まねーよ!」
そして今の時間は晩ご飯じゃねぇよ!
丑三つ時にメシ食う家は無いだろ!
「……つぅかさ、お前どんだけお腹空いてんの?」
「…………どうしてアンパンマンの街の子供達はあんなにお腹を空かせているんでしょうね、ふふ……地元を彷彿させますよ」
「分かった、動けねぇくらい腹へってんだな、分かった。分かったから貧富の差を知らしめないでくれ」
アンパンマン級の空腹を抱えた光成のために、おれは厨房を見渡す。
……なんかあったかな。
今日はまだ誰も賄い食ってねぇかんな……やべ、何も無ぇかも。