短編小説1
□SとMの昼食
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私の幼なじみ、月島刹那くんは。
お隣のお家の一人息子さんで。
綺麗で、格好良くて。
背が高くて。
私より3つ年上の大学生で。
頭も良くて。
町内のみんなに好かれてて。
欠点なんて見付からないくらい、完璧で。
そして。
少しだけ、サディスティックだ。
『SとMの昼食』
ある晴れた日の休日。
高校へ通いながらも部活動への所属をしていない私は、やる事も無く、暇を持て余していた。
普段の休日なら友人達と遊びに行ったりするのだけれど、なんだか今日はみんな忙しいみたいで、誰もつかまらなくて。
だから、仕方無くこうして休日の昼間っから、自宅で別段興味があるわけでも無いテレビを見つめつつ、ソファーでゴロゴロしているんだ。
しんとしたリビングに、テレビの音だけが嫌に響いている。
私には姉弟が居ないし、両親は2人でどこかへ出掛けてしまった。
つまり、今日この家には私以外の人間が居ないわけだ。
ぼんやりとそんな事を考えていると、ぐぅ、とお腹の虫が空腹を訴えて小さく鳴いた。
「ッ……けほっ、うー、喉痛ぃ」
誰も居ないと分かっているのだけれど、なんだか恥ずかしくて、痛くも無い喉を鳴らし、独り言を呟いて誤魔化す。
ぁ、なんか寂しくなって来た……。
それにしてもお腹すいたな……今、何時?
ふと見上げた掛け時計は、正午を少し過ぎた時間を示していた。
そりゃお腹が鳴って当たり前だ。
朝ご飯も食べてないんだから。
「…………」
何か食べよう、と思うのだが、重い腰が上がってくれない。
今日は家に独りきり、という事は、母も居ないということで。
つまりご飯を食べたければ自分で作らねばならない、という事実が付いてくるわけで。
……やっぱりこのままぼぉっとしてよっかな。
我慢出来ないほどの空腹じゃないし。
別に料理が苦手と言うわけでは無い。
むしろ、一般的な女子高校生の基準よりは料理上手な方ではないかと自負しているくらい。
だけど。
「面倒だしなぁ……」
家族全員の分を作るなら良いさ。
でも、自分一人の分を作るとなると……きっと材料が中途半端に余る上に、一人分のためにフライパンやら包丁を洗わなきゃならない。
うん、やっぱり。
「我慢しよう」
寝てれば空腹感も忘れるでしょ。
私はそう思って、ソファーの上で寝返りをうち、眠る体勢に入る。
すぐに睡魔は私を包み込み、私もそれに抗うことなく、微睡む意識へと飲み込まれていった。
数十分後に、その判断を悔やむことになるとは微塵も気付かないまま……。
◇◇◇
ぴりり、ぴりり、ぴりり。
耳障りな機械音と僅かな振動に、レム睡眠中の意識は簡単に浮上する。
ゆっくりと目を上ければ、目の前のテーブルの上で自分の携帯電話がランプを点滅させながら、震えていた。
ぴりり、ぴりり、という【着信音1】は電話のしるし。
私は慌てて電話を開き、通話ボタンを押した。
電話を掛けて来たのが誰なのかも、ろくに見ずに。
「もッ、もしもしッ!?」
『あ、めーちゃん?俺だけど』
耳に流れ込んで来たその声に、少しだけ寝ぼけていた意識も完璧に叩き起こされた気分だ。
思わず悲鳴を上げて携帯電話を床に叩きつけそうになったけれど、なんとか耐え抜く。
だって。
私、綾倉芽衣を“めーちゃん”だなんて呼ぶのはあの人くらいなもので。
というか、無駄に色気のあるこの声はこの人以外の何者でも無いわけで。
「……せ、セツ兄ちゃん?」
声が震えるのは不可抗力。
失禁しそうなくらい怖いんだから。
そんな私の声を聞いた、お隣に住む月島家の一人っ子長男、月島刹那(私は“セツ兄ちゃん”と呼んでいる)は電話先で楽しそうに笑った。
『なに?めーちゃん寝ぼけてるの?』
「う…う、ん……ちょっと、昼寝、してた、から……」
『そっか。ごめんね、起こしちゃったかな?』
優しそうな声。
でも、それが“優しい”ではなく“優しそうな”であると私は知っている。
月島刹那は、決して優しい男では無い。
「ううん、全然、平気……」
『そう?それなら良かった』
「うん、……それより、何か、用事だった?わざわざ、電話で……」
『あぁ、うん。そう、用事』
耳に流れ込んで来る、セツ兄ちゃんの、楽しそうな声。
やばい。
本能的に身の危険を感じた。
背中を嫌な汗が伝う。
『めーちゃん、お昼ご飯もう食べた?』
「な、んで……?」
『軽く食べようと思って作ったらさ、なんか凄い量が出来ちゃってね。親も仕事行ってて居ないし、お昼ご飯まだなら一緒にどうかなって』
「…………」
昨今、稀に見る……と言うか、稀に聞くくらい、楽しそうなセツ兄ちゃんの声。