短編小説1

□It is good!
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いつもお世話になってるから、お礼がしたくて。
クッキーを焼いてみたんです。
温かいコーヒーも淹れて来ましたから、少し休憩しませんか?

お時間、ちょっとだけ大丈夫ですか?

そう、言うだけなのに。
そうお願いするだけ、なのに。

わたしの言葉は声にならない。

「ぁ、あの、ぁ、あぁ、あの……、」

お仕事中だし、忙しいかも。
もし迷惑だと思われたら?

そんな風に思ったら、全然言葉が出なくなってしまった。
喉に声が張り付いて、痛い。

「ぁ、あの……ぁの、」

お時間大丈夫ですか?
ちょっとだけ、良いですか?

言え、言え、言え。

念じれば念じるほど苦しくて、目に涙が溜まりそうになる。
自然と下を向いてしまう。

言え、言え、言え。

「ぁ、あの……、あの、」

お時間、ちょっと良いですか?

「ぉ、おじ、か、ぃ、ぃ、い、」
「あぁ、うん良いよ、ちょっと待って。あとこれだけ埋めちまうわ」
「ッ、……は、はいっ、」

言葉としては稚拙過ぎる、わたしの気持ち。
大抵の人には伝わらないそれを、チカさんはいつも拾ってくれる。

あぁ、どうしよう……。

ほんとに、だいすきだ。

「はい終わり、待たせてごめんな。……で、なんか用?」
「ぁ、あの、……あのっ、」
「…………またなんか壊したんじゃねぇだろうな?」
「ち、ちがっ、ぃまっ……す、」

言え、言うんださくら!

ほら、早く『クッキー作って来たんでお茶しません?』って!

ほら、言え、言えってばわたし!

「ぁ、あのッ、あのッッ!」
「ぇ、……あ、あぁ、なんだよ気合い入ってんな」
「ぁ、あああ、あの!」

クッキー作って来たんでお茶しませんか!

「ひ、暇なんでっ、ぉ、お、おしゃべり!っ、つ、付き合っ、くださ……っ!」

ちっがぁあぁぁうぅッ!

なんで!?
なんでわたしの口はわたしの意志を無視して動き出すの!?

しかもお喋りって!
お茶に誘うよりレベル高いよわたしの馬鹿馬鹿馬鹿!

ほら、チカさん変な顔してるし!

「お喋りって、お前……変なとこで妙な意欲見せるよな、いつも」
「ご、ごめっ、ご、ごごごっ、」
「良いよ良いよ、謝んなくて。で?どこで話す?」
「ぅ、うえぇっ!?」
「なんだその嫌そうな声。お前から誘ったくせに」

はは、なんて笑いながら、チカさんは先に近くの木の下へと進んでしまう。
わたしも慌ててそのあとを追った。

「さぁて、なにするよ?」

そう言って、木の根に腰を下ろしたチカさんは少し意地悪気にわたしに笑い掛ける。

な、なにする、って言われても……!

おしゃべり?
むりむり、おしゃべりなんてわたしが一番苦手なことじゃない!

な、なにする……?

なにをすればッ……!?

「しッ……!」
「……シ?」
「しりとり、しませんかッ!?」

苦し紛れに出したわたしの提案は、口に出した瞬間後悔に変わった。

しりとり!?しりとりて!

あぁあぁぁぁぁァ、どうしよう!?

変なこと言っちゃた!
変なこと言っちゃた!

「ぶッ…………、」

吹き出すような音が聞こえて、恐る恐る隣を振り返れば。
予想通り、チカさんが『耐えられない』とでも言いたげな顔をしながら肩を震わせていた。

やっぱり笑いますよね!

「ぉ、おまっ……ッ、……し、しりとりて、っ、ッ、」
「ゎ、わらわなっ、わらわな、で、くださっ、よ……ッ!」
「ちょ、ごめ……まじッ、つぼった!」

お腹を抱えてひぃひぃ笑うチカさんに不服を感じつつ、それでも笑顔を見られるなら良いか、だなんて思う。

だって。

笑顔、可愛いんだもん。

「で?どっちから始めんの?」
「ふ、ぇ……?」
「すんだろ?しりとり」

一通り笑い終えたチカさんは目尻に溜まった涙を拭うふりをして、わたしにそう微笑みかける。

ぇ、ほんとにするの?しりとり。

「なにその顔。しねぇの?」
「す、するっ……!」
「おーし、じゃあ何から始めるよ?」
「しりとりの、リ、から!」
「俺から行くぜー?」
「は、い……っ!」

夢みたいだ、って思う。

チカさんとこうやって、二人並んで、とりとめの無い会話して。
それで笑いあえてる、なんて。

幸せで、幸せすぎて、夢なんじゃないか、なんて思っちゃうくらい。

好き、大好き……。

「リ、リだろ、……あー、リス?」
「りすのス、です、ね!えぇと、ぇと、……ぁ、す!き、……ッ!?」

すき。

頭で念じすぎて、思いすぎて、無意識に零れ落ちた言葉。

それを自分が言ったのだと理解した瞬間、かぁっと頬に熱が集まるのを感じた。
冬だというのに、その一瞬で体中が熱くなったとさえ思える。

なに言ってんの、わたし……!
ご、ごまかさなきゃっ……!

「すっ、すき、スキンッ!」
「…………肌?」
「ぅ、う、……うん!」
「なんでいきなり英語明記なんだよ。しかも『ン』付いてるし」
「………………ぁ、」


 
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