短編小説1

□It is good!
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……わたし、もう口きかない方が良いんだと思う。

「…………ごめん、なさ、ぃ」

うまく話せないし。
声は小さいし。
しりとりは続かないし。

ほんと、わたしみたいな人間を“面倒臭いヤツ”って言うんだろうな、って。
きっと、チカさんだって迷惑だと思ってるんだろうな、って。

そう思ったら。

情けなくて情けなくて、鼻の奥がツンとした。

「ほんと、す、すいませ……、も、もう、ぃ、です、……ごめ、なさ、」
「……なぁ、それなに?」
「ぇ……?」
「俺にくれんじゃないの?」

それ、とチカさんが指差した先。

わたしの胸に収まった、小さな包み。

一晩悩んで出した結果。
一晩悩んで焼いたクッキーを指差して、チカさんは酷く柔らかい笑顔を浮かべている。

「甘い匂いしてんだよ、さっきから」
「ぁ、ぅ……、」
「実はさ、昼から腹減ってんだ」

ちょうだいよ、と微笑むチカさんが好きで好きで、どうしようもなくて。
きゅうっと胸の奥が締め付けられる。

やだ、やだ……顔赤いの気付かれちゃう。

わたしは俯いたまま、押し付けるようにその包みをチカさんに差し出した。

ほんとはもっと可愛く渡したいのに。

わたしの感情が、わたしの感情の邪魔をする。

「クッキー?」
「は、はい……、」
「旨そうだな。さくらが焼いたの?」
「…………ちがい、ます」

…………ン?

あれ?なんかおかしいぞ?

「こ、後輩、が……か、家庭科、の授業で、作っ、らしくて……。もらった、……ですけ、ど、ゎ、わた、わたし、甘いの、だめ……で、」

わたしの口は、頭で描いたはずの台詞を無視してデタラメを紡ぐ。

本当は。

いつも迷惑掛けてばっかりだから、お礼がしたくてクッキー焼いてみました、って。
コーヒーも淹れてきましたから、一緒に食べましょう、って。

そう言いたいのに。

臆病で気の小さいわたしの頭は、『もしもクッキー上手く焼けてなかったら……』だなんて心配をして。
口から出任せばかりを吐き出す。

「ふーん、さくらじゃねぇんだ?」
「は、はい……。ぁ、あ……でも、こ、コーヒーは、ぃれて、来、ま……した、から、……ど、ぞ、」
「……おー、いただきまーす?」

下らない嘘を吐くわたしを、チカさんは緩い声を出しながら見つめてくる。

それを振り払うように、わたしは首に下げていた水筒のコーヒーをコップに注いだ。

今日は少し冷えるから、熱々のコーヒーを飲んでもらいたいって。
そう思って、本を見ながら淹れたコーヒー。

とぽぽぽ、と音を立ててコップへと流れて行く黒い液体は、……あれ?
あったかくない……?

手のひらに感じるコップの温度が思ったより低くて。
なにより、冷たい冷気に触れても湯気を立てないコーヒーを不思議に思って水筒を見てみれば。

わたしの持ってきた水筒は、魔法瓶じゃなかった。

……つまり。

持ってきたコーヒーは、チカさんを探し回ってる間に冷めちゃった、ってこと。

………………どうして、わたしってこうなんだろう。

「ご、ごめん、……なさい、」
「ん?なにが?」
「……コーヒー、だめ、……です、」
「なんで?」

いつも迷惑ばっか掛けて。
それでも嫌われたくない、なんて我が儘を抱いて。

少しでもお礼がしたいって、そう思うのに。

寒い中、野外でお仕事をしてるチカさんに、温かいものを飲んでもらいたかっただけのに。

なのに。

コーヒーひとつまともに淹れられない。

駄目なわたし。
役立たずなわたし。

…………もう、やだ。

「ごめんなさい、ご、ごめ、なさ、」
「……なにが、ごめんなさいなんだ?」
「っ、く、……ッ、ひっ、く」
「ゆっくりで良いから……言ってみ?」

クッキーの入った包みを置いたチカさんは、みっともなく俯いて涙を流すわたしの前にしゃがみ込んで。
壊れものに触れるかのように優しく、わたしの肩に触れた。

「ひ、ッく、……ふ、ぅ、ぇ、っ」
「……俺には、言いたくないことか?」
「ッ!?ち、がっ、ちが、う!」

少し悲しげな、チカさんの声。
それに慌てて首を振れば、チカさんは少し悲しげに、困ったように笑う。

ちがう、ちがうの。

そんなことじゃない。

ただ、ただ。

「こ、コーヒーを、ね……、」
「……うん、」
「ぁ、あ、あたたか、ぃ、の、を、の、のん、……のんで、ほし、くて、」
「淹れて来てくれたんだよな」
「で、でも、でもね……、」

それ以上は声が出なくて。
息が苦しくて。

わたしは自らの手の中に収まった、小さなコップをぎゅっと握りしめた。

「だめ、だった、……から、」

ぬるま湯のようなコーヒー。

頬を伝った涙がその褐色に落ちて、広がって、溶ける。
歪んだ褐色に映った、歪んだわたし。


 
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