短編小説3

□こんな時だけ主ぶるのか
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第一印象はサイアクだった。

「お前、女のくせに剣の稽古をしてるのか」

そう言って私を睨みつけた黒髪の少年は、次の瞬間には彼の父親であり私の父の部下であったその人にこっぴどく叱られていたけれど、私の気持ちは少しも晴れやしなかった。

「女なんかに仕えるくらいなら、馬小屋のがいくらかマシだな」

そんな少年の言葉が、今も耳から離れない。

……子は親を選べない、とは誰が言った言葉かは知らないが、よくもまぁ上手く言ったものだと思う。

私は産まれながらの貴族で、母は体が弱く、父は母を一途に愛する人だった。

故に、彼が言った通り、私は女でありながらも家を継ぐために鎧を付け、剣を握るハメになったのだ。

本当は、母のような美しい人に憧れたのに。

母譲りの金髪を伸ばすことも、ドレスを着ることも、決して禁じられていたわけではなかったけれど、女に産まれてしまった後ろめたさでどうにも手が伸びなくて。

周りが喜ぶままに剣を手に取り、騎士にでもなる気かと言われていた私の元にやって来た、父の従者の息子。

私の従者になるべくやって来た少年の放つ言葉は、いつでも私に深く突き刺さる。

そして、それは。

「よう、オトコ女」

あの日から10年以上経った今でも変わらない。

「……なんだ、メル。こんな夜遅くに」
「我が主が眠れないみたいですから、茶ぁでもいかがかなと思いまして」
「……白々しいぞ」

ふん。なにが我が主、だ。

私を『主』どころか目上だとすら思っていないであろうその男は、昔から変わらない闇色の髪を、今は伸ばしている。
後ろで纏めたそれをしっぽのように揺らして、彼は……無二の親友であり従者であるはずのメルヒオールは、私の腰掛けているテーブルにガシャン!と相変わらずの粗忽さでティーセットを置いた。

そうして暫くテーブルの上の書類を難しい顔で見つめたかと思えば、私にへらりと笑ってみせる。

「どうです?」
「どう、とは?」
「マツリゴトのご様子」
「……全くもって変わらず、だな」
「平穏が一番ですよ」
「馬鹿者。悪い意味で、だ」

今は亡き父が床に臥せった時、父は後継者である私に言ったのだ。

主権者はいつでも嫌われ者だと。
領民は我々がなにをしても批判するものだから、民の声に耳を傾けつつも、統治という大きな目的を忘れてはならないと。

そう言い残して父が亡き人となり、もうすぐ3年が経とうとしている。

「女に政治は無理だと領民は言っているみたいだな。この地はいつ攻め込まれてもおかしくはない土地だと」
「へえ、心外だな」
「どの口が言うか。私が女であることを一番馬鹿にしてるくせに」
「心外だと言ったのは、うちがいつ攻め込まれてもおかしくないということについてですよ」
「…………だろうな」
「まぁ、あんま根詰めんなよ」

そう言って、すっかり友人の顔になったメルヒオールはティーポットから小さなカップに紅茶を注ぐ。
とぽぽぽぽ、という間の抜けた音がどこか心地好くて、まぶたが落ちそうになった。

「おい。大丈夫か、お前」
「……ああ、ちょっと最近謁見も多くて。大丈夫、ただの気疲れだよ」
「ちょっとブランデーでも入れるか?よく眠れる」
「うん、頼む」

メルヒオールがガラスの瓶からカップにブランデーを注ぐのをぼんやりと見つめながらも、意識がとろとろと溶けて行くのが自分でも分かる。

ああ、これだからいけない。

普段は張り詰めたままの意識が、この友と一緒に居ると、それだけで溶けてしまう。

「そんなで明日の舞踏会大丈夫か」
「……ああ、私は誰にも負けないよ」
「勝ち負けなんかあったっけ、舞踏会に」

全然駄目そうじゃねぇか。
そう言ってメルヒオールが笑う声は、あの日よりもずいぶん低い。

……なんか大きくなったなあ、お前。

「舞踏会、ドレスで出んの?」

少し面白がるようなニュアンスを含むその言葉は、きっとドレスを着たことがない私をからかってのことだろう。

だけど、残念ながら今回はちと勝手が違うのですよ、メルヒオール君。

「ドレスで出るさ……」
「…………はあ!?なんだそれ」
「先日、オレルド卿からドレスを贈られてなぁ……酔狂な人だから、大方面白がってのことだろうが。さすがに明日着ないわけにもいかんしなぁ……」
「……どうりでそんなもん着てるわけか」

メルヒオールが『そんなもん』と言うのは、きっと今私が着ているナイトドレスのことだろう。

真っ白なそれは、今は出家した母が寝る時に着ていたものによく似ている。
そもそも母が居たら、自室と言えど、こんなに肌を晒す服だけで過ごす私を許すはずがない。

だけど、私のような短髪の女がきちんとこの服を着たところで映えやしないんだろうと想像することは容易くて。

私は薄いそれ一枚だけを纏って、書類に目を通していたのだ。


 
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