短編小説3
□この分じゃ、また俺の勝ちだな
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昔から、私とメルヒオールはどんなことだって争って来た。
剣術や馬術、勉学はまだしも、食べる量や舞踏会で何人に声を掛けられるかまで。
今になって思い返せば恥ずかしくなるくらいにどうでも良いようなことまで、私とあいつは争って来たのだ。
まぁそれが、父が私に同じ年頃の従者を付けるにあたった、本来の目的だったのだろうけど。
父の思惑通り、私とメルヒオールはいつだって競争心を忘れない。
しかし。
私は一度だって、剣術も馬術も、社交界での人気ですらも、メルヒオールに勝てたことが無いのだ。
「ぅ、あ……あ、あぁ、だ、だめだ、メルヒオール、も、やめ……っ」
痛い。苦しい。
上手く息が出来ないのに、それでもメルヒオールは後ろから容赦無く私を攻め立てる。
「……もーちょいだから我慢しろって」
「だめ、メル、も……苦し、」
「フェリシー、一回息吐け。女がみんな通る道だ。お前にだけ耐えられないなんてことはないはずさ」
「ぅ、ううう嘘だ……!」
壁に付いた手で苦し紛れに近くのカーテンを握り締めてみたけれど、感じる息苦しさと頭までぼんやりしてくる痛みは変わらない。
酸素か足りてないんだ、きっと。
初めてだから勝手が分からないと泣きついた私に、親戚の女共はこぞって「意気込むほど大したことじゃない」とか「慣れれば気持ちの良いものだ」とか言ったけれど、あんなの絶対に嘘だ。
あまりの息苦しさに体を倒そうとしたら、後ろから腕を掴まれて引き戻された。
くそ、覚えてろよ、メルヒオール。
「ほら、フェリシー……もう終わりだから気合い入れて締めろ」
「締め……?ど、どう、どうやって、」
「ハラに力入れて。そう、筋肉締めてー……オラ、締めんぞ!」
「あだだだだだ!」
コルセットに締め上げられた背骨が、悲鳴を上げるかのようにぎしぎしと軋む。
仕上げと言わんばかりに力いっぱい締め上げられたウエストのその状態で、私には殺人の道具としか思えないそれはその紐を固定されたらしい。
後ろでメルヒオールが清々しいばかりの息を吐いたのが分かった。
「よし、ドレス着て良いぞ、フェリシー」
「駄目だ……これは……息、息が上手く出来な……」
「昔から楽して来たしっぺ返しだろ」
小さい頃からちゃんとしてりゃあ、なんてことないツラして馬車乗って遠くにだって行けたんじゃないか?
あいつらみたいに、と、メルヒオールは窓際で地上を指差しながら笑う。
今夜は舞踏会。
きっと、遠くからはるばる踊るためだけにやって来る酔狂な連中を見下ろしているのだろう。
どこか馬鹿にしたような声色でそう言ったメルヒオールも、普段より何倍も派手な装飾をされた服を纏っている。
そして、私も。
慣れないコルセットとドレス。
それから、今にも転んでしまいそうな靴。
昔から憧れた格好だったけれど、男よりも短く切り揃えられた私の金髪ではどこか変なのではなかろうかと気が気じゃない。
「早く行こうぜ、ご主人様。どうやら俺達ちと遅刻気味だ」
「ああ」
いまいち乗り切れないのは私が舞踏会をあまり好きではないからだ。
ドレスで出席となれば、それに拍車がかかる。
「これが馬上槍試合とかならなぁ……」
「相変わらず女と思えない独り言ですね、ご主人様」
「ダンスもおべんちゃらも苦手だ」
「なら舞踏会なんて開かなきゃ良いのに」
「仕方ないだろう、父の遺言なんだから」
どんなに嫌いな舞踏会だとしても、年に二回、最低でも一回は開けと。
そう、誰よりも舞踏会が嫌いだったであろう父は言い残したのだ。
舞踏会を開くには大量の食事が必要になる。
大量の食事を作るには、大量の食材が必要になる。
舞踏会を開けば、馬鹿な貴族共はこぞってドレスを作るだろう。
誰にも負けまいと、多少の無理をしてまで素晴らしいものを仕立て屋に作らせる。
……そういうのが巡り巡って世の中のお金を回すことになるらしい。
と、父は言っていた。
だから、舞踏会を開くだけで良いのだと。
壁のシミに徹すれば良いのだと。
「今思えば、一人娘に向かって『壁のシミ』とは本当に酷い物言いよな」
「っておいおいお前なにそのまま壁際行こうとしてんの?」
行き着いたダンスホール。
たくさんの着飾った貴族共で溢れ返るその場所に着いた途端、真っ直ぐ壁に向かおうとした私はすぐにメルヒオールによって引き戻された。
「いや、私は壁のシミにだな……」
「今日は壁の花だ。壁に張り付いてたら逆にマトになるぞ」
……言われてみればそうかもしれない。
男装していればまだしも、ドレスを着ていればこんな私でも男には見えないだろう。
腐っても女、それを父の古い友人達の集まりであるこのホールの貴族達がほおっておくとも思えない。
そういう礼儀だけはきっちりした連中だからな。